若き社長は婚約者の姉を溺愛する
 無視もできず、『やっぱり……』なんて思っていると、運転席から挨拶する声が聞こえる。
 
「美桜さん、おはようございます」
「おはようございます」

 黒塗りの車を運転しているのは、運転手ではなく、八木沢(やぎさわ)さんだった。
 フレームの細い眼鏡をかけた八木沢さんの眼鏡は、私のものと違って、どことなくおしゃれだ。
 この間はかけていなかったのに、今日はかけているところを見ると、私とは違うファッション的な理由で、眼鏡をかけているのだろう。
 社長の方は、凶悪というか、目つきが悪いというか――

「乗れよ。会社まで送る」
「乗りませんよ。見つかったら、大騒ぎになるじゃないですか」

 自分が宮ノ入グループの社長であることを忘れているのだろうか。
 重たいフレームの眼鏡、黒いスーツ、長い黒髪。車の窓に映る私は、社長や八木沢さんのように華やかなオーラは一切なく、人の目も引かない一般人。
 
「大丈夫ですよ。目立たないよう他の社員から見えない場所まで、送りますから」
「八木沢さんが言うなら」

 このまま、道路わきに大きな車を一時駐車させておくのも迷惑だったので、車に乗った。
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