若き社長は婚約者の姉を溺愛する
「宮ノ入さんは昔から照れ屋なんですぅ。学生の頃もモテモテだったけど、人を寄せ付けなくて、ちょっと怖い人でした。でも、優しいところもあるんですよ」

 まるで、自分が社長の全てを知っているような口振りだった。
 梨沙はお金持ちが通うエスカレーター式の学校に通っていた。
 きっと社長も同じ学校だったのだろう。
 そういえば、私はなにも社長のことを知らない。

 ――知らなくて当たり前。だって、住む世界がこんなに違う。

 新しい眼鏡ひとつで喜ぶ私は、テレビの向こう側には行けない存在。
 並ぶ二人はお似合いだった。
 自分の地味な格好が、テレビの画面に反射して映り、すごく惨めな姿に見えた。
 そのまま、見続けることが辛くて、電池も買わずにその場を足早に立ち去った。
 
 ――やっぱり近づくんじゃなかった。

 こんな思いするくらいなら、他人のほうがよかった。
 家に帰ると誰もいなくて、ホッとした。
 今、梨沙の顔だけは見たくない。
 見てしまったら、いつもの無表情ではいられず、追及されていただろうから。
 誰もいない暗い家の中、しばらくなにもできずに、一人椅子に座って動けなかった。
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