若き社長は婚約者の姉を溺愛する
 時間ぎりぎりまで、会社に近づかず、コーヒーショップで時間を潰し、小説本を読んで気をまぎらわせ、出勤した。
 お昼も公園に行かないでおこうと決めた。
 昨日、沖重グループと婚約発表したのに、社長が他の女といるところを見られたら、間違いなくスキャンダルになる。
 そして、私は宮ノ入グループに居づらくなり、退職。収入を失い、永遠に沖重の家から逃げられなくなる。
 それだけじゃない。
 沖重の株は下がり、あっという間に倒産し、私は今以上に恨まれ、嫌がらせをされるだろう。
 継母たちが怖くて、体に震えが走った。
 不吉な考えを巡らし、青い顔をしている私の背後から、明るい声が聞こえてきた。

「沖重先輩。おはようごさいます。今日は遅かったんですね」  
「あ……。木村さん……、おはよう。朝にコーヒーを飲みたくなったから、寄ってきたのよ」
「あー、わかります。そういう時ありますよねー」

 木村さんは、社長の結婚に興味がない数少ない社員で、社長の結婚よりコーヒーが気になるらしい。
 席に着き、メールチェックをしている私の耳に入るのは、社長の結婚の話ばかりだった。

「沖重グループの社長令嬢ですって。政略結婚でしょうけど、お相手のご令嬢は、とても嬉しそうだったわよねぇ」
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