若き社長は婚約者の姉を溺愛する
 顔が見えず、言葉もなく、訳がわからないまま、駐車してあった車にドンッと突き飛ばされて、中へ放り込まれた。
 そして、八木沢さんは車を乱暴に発進させる。

「ど、どこへ……行くんですか……?」
 
 返事がない。
 八木沢さんは電車が通る暗いガード下に車を駐めると、自分のスマホを投げて寄越す。
 私の膝の上にスマホが落ち、その画面には社長の名前がある。

「ひとつ押せば繋がる。押さなければ繋がらない」

 八木沢さんはかけていた眼鏡を外す。
 いつもより、その美貌が凄みを増し、寒さを覚えるほどの美しさを私に魅せる。
 
 ――誘惑されている。

 なんて人なのだろう。
 自分の容姿の使い方をわかっている。
 どんな生き方をしてきたのか、私には想像もつかない。

「人は窮地に立たされた時、本能で選択肢を選ぶ。選べばいい。俺か弟か」

 ――今、なんて?

 社長を弟と呼んだ気がする。
 車のシートがきしむ音に、体が強張る。
 八木沢さんが私に近寄り、眼鏡を外す。眼鏡が車の後部座席に向かって、投げ捨てられ、かしゃんっと音をたてた。
 
「や、やめてください!」
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