若き社長は婚約者の姉を溺愛する
「助けを求めるのは自由。それをするかしないかは、自分で決めろ」

 スマホの画面に社長の名前がある。
 いつでも助けを求められるようになっていた。
 私から社長を必要として、覚悟を決めさせるために、八木沢さんはこんなことをしたのだと気づく。

 ――社長にすがってしまえば楽になる。
 
 でも、私がそばにいることで、社長の立場が悪くなる。
 それも、梨沙の婚約者として発表されてしまったのだ――もうなにもかも遅い。
 なんとか逃げようと、八木沢さんの体を押す。
 
「敵うわけない」

 その声は社長の声に似ているのに、それよりずっと冷たく、抑揚のないものだった。
 感情が入っていない声は、ただ淡々と私を嬲れるのだと教えていた。

「このまま、俺に誘惑されるか?」

 耳元で囁く声に鳥肌が立つ。
 
 ――この人は怖い。

 底のない闇が、私を掴み、引きずり堕とそうとしている。
 私と八木沢さんは同類だ。
 孤独な場所に一人いて、愛を知っている温かい人を求めている。
 社長が優しいと思うのは、短くとも両親に愛されて育ったから。
 それだけじゃない。
 会長や周囲の人からも愛されて育った。
 だから、私も八木沢さんも惹かれてやまない。
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