若き社長は婚約者の姉を溺愛する
「八木沢さんも私と同じですね……。だから、社長のそばにいたくなる……。相応しくないとわかっていても、離れられなくなるんです。誰だって、影より陽が射すほうへ行きたい……」
 
 私の耳に触れようとした唇が、動きを止めた。
 ベンチで無防備に眠る社長の姿を思い出し、私は涙をこぼした。

「社長は優しいから、今までのように自分を犠牲にして、私を助けてくれる。でも、私は社長の犠牲に見合わない人間なんです」

 優秀な八木沢さんは、私とは違い、社長の右腕となって助けている。
 だから、そばにいても許される。
 
「私が社長にあげられるものは、なにもないんです」
「ここにある」

 悪い顔で微笑む八木沢さんは、恐ろしく美しい。
 私の唇に指をあて、ゆっくりなぞる。
 試して、誘って、堕としてしまう悪魔のよう。

「自分を差し出せばいい」
「なっ、なに言って……」
「簡単だ。それとも、俺に自分を渡すか? うまく使ってやろうか?」

 臓器を売られたり、人身売買されそうな危険な空気を感じた。
 
 ――脅すのに慣れている。

 八木沢さんは私の身の上に同情しない。
 多くの不幸を見てきた人だから――ぎゅっとスマホを握りしめた。

「いっそ、二度と目の前に現れないようにしたほうが、諦めがついてちょうどいいか」
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