若き社長は婚約者の姉を溺愛する
「祖父のSPはそういう人間で固められている。祖父は俺の両親のように、簡単に死ぬわけにはいかないと、よく言っていた。俺が成長するまでは、絶対に死ねないと思ったんだろう」

 後継者だったはずの息子を失い、残ったのは幼い孫一人。
 会社を任せられるのは、瑞生さんしかいなかったのだ。せめて、瑞生さんが成長するまでは――そう思っていたのだろう。
 料理がきて、私と瑞生さんは、静かに食事を口にする。
 窓から注ぐ光と海の青。
 穏やかな空気が流れ、私たちはお互いに、いつもの公園を思い出す。
 この時間が、私にとって一番幸せな時間になっていたことに気づく。
 それは、瑞生さんも同じで、お互いなにも言わなくても、それは伝わっていた。
 デザートの柑橘のシャーベットとレモンのムースを食べ終わると、瑞生さんは腕時計を見る。 

「会社に戻るか」

 一緒に来てほしそうに、私をちらりと見る。
 まるで、無言で訴える犬の目に似ている。
 
 ――これは逆らえない。でも。

「この服装とメイクじゃ戻れませんよ。いつもと違いすぎます」
「なるほど。むしろ、誰なのかわからないほうがちょうどいい」
「………それはそれで、複雑な気持ちです」

 いつも、どんな印象なんですかと聞いてみたかったけど、よけい落ち込みそうな気がして、聞くのをやめた。
< 90 / 205 >

この作品をシェア

pagetop