若き社長は婚約者の姉を溺愛する
「あの人が、社長の本命じゃない?」
「今まで女性を会社に連れてきたことないものね」
「きっとそうよ!」

 受付だけなら、まだしも……
 エレベーターに乗り、扉が閉まるまで、全員に注目され続けた。
 瑞生さんはまったく動じてないのに、私のほうはあだなと同じロボ状態。
 不自然で挙動不審な歩き方。視線をこんなに集めたのは初めてだ。

「緊張したか?」
「あ、当たり前です。今まで、目立たないように生きてきましたから……」

 瑞生さんは学生の頃から、モテモテだったらしいから、平気だろうけど、私は違う。
 学芸会に例えるなら、私は村人。瑞生さんは王子。
 その差は歴然だ。
 私の足は震え、心臓がバクバクしていたことに気づいたはず。
 社長室に着き、部屋に入るとホッとした。
 でも、八木沢さんがいないからか、前よりガランとして見えた。

「お茶でも入れましょうか?」
「いい。それより眠りたい」

 着いたなり、瑞生さんは崩れるようにして、ソファーに倒れ込んだ。

「瑞生さん!?」

 目を閉じて動かない。
 様子をうかがうと、規則正しい寝息に気づき、ただ眠っているだけだとわかった。

「もしかして、ずっと眠れていなかったんじゃ……」

 いつから眠っていなかったのか、起きる様子がない。
 棚の中に毛布があるのに気づき、それを引きずり出し、体にかける。
 瑞生さんは穏やかな顔で眠っていた。
 眠っている姿を見ていると、私まで眠くなってきて、一緒に眠ってしまった――
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