若き社長は婚約者の姉を溺愛する
直真(なおさだ)がいない間、助かった」
「いいえ。ちょうど通り道ですし、大丈夫です」
 
 オフィス街の早い朝の時間、通る車も少なく、人の気配もほとんどない。
 早い出勤は、大変だと思うかもしれないけど、今の私にとっては、精神的にこちらのほうが助かる。
 なぜなら、社長が婚約者ではない女性を会社に連れてきたと、噂話がそこらじゅうで飛び交っているからだ。
 しかも、連れてきた女性が本命で、沖重(おきしげ)グループが会社のために娘を使い、無理矢理社長に迫っているという話になっていた。
 瑞生さんはその噂話に満足しているようで、最近ずっと機嫌がいい。
 もしかして、梨沙(りさ)との話を消すのが狙いだったのではと疑いたくなる。

「なぜ、また眼鏡を?」

 瑞生さんは残念そうだったけど、私は前とは違う理由で、眼鏡をかける必要があった。

「私の顔を見られているんですよ? こんな騒ぎになっている状況で、正体がバレたら、仕事に支障がでます。それに……。梨沙に知られたら……」

 ――恐怖でしかない。

「今回は自分のミスです。申し訳ありませんでした」
< 97 / 205 >

この作品をシェア

pagetop