桔梗の花咲く庭
第3話
「全く、困った子でごめんなさいねぇ」
ここは義母の部屋だ。
私のより少し広いくらいのお部屋で、比較的様々な道具がごちゃごちゃと置かれている。
その畳の中央に、山と盛られたまんじゅうの大皿があった。
その一つを義母は手に取る。
「ほら、あんたも遠慮無く食べなさい」
白い薄皮のあんまんじゅう。
芋と南瓜と栗、柏餅と草餅まである。
どこでこんなにたくさん買い込んできたのだろう。
「本当に、いつまで引きずってんのかしらねぇ~。まぁそりゃ、気持ちは分かりますよ。だけどねぇ。甘ったれてるだけなのよ。ホントはね」
一口かじったつぶあんの皮が、いつまでも口の中に残る。
もごもごとしたそれをゆっくりと飲み込んだ。
義母は火鉢の上にかけてあったやかんから、急須に移すことなく直接湯飲みに茶を注ぐ。
少しお行儀の悪いその行為にも、お祖母さまは平気な顔だ。
「あの子は珠代さんのことが、好きだったからねぇ」
「ちょっとお義母さん、志乃さんの前でそんなこと言わないでよ」
「珠代さまは、どのようなお方だったのですか?」
義母は次のまんじゅうに手を伸ばした。
「えぇ? いいわよ、そんなこと知らなくったって」
二つに割ったその片方を口に放り込むと、義母はずずっと音を立てて茶をあおった。
「なにせ初恋の人だったからねぇ」
「お義母さん!」
近所でも名高い恋の噂だった。
年上の女性に恋をして、熱心に通う晋太郎さんの話は、その頃まだ幼かった私の耳にも入ってきた。
「晋太郎さんはどのようなお方なのかと、兄に聞いたのです。この家に嫁ぐことが決まってから。兄は笑って、とてもお優しい、よいお方だと申しておりました」
晋太郎さんは勤め先で、兄の上役だ。
何度か話をしたこともあると言っていた。
嫁入りの話しとはまだ無縁だった頃の私は、見たことも話したこともない、その熱烈な恋物語の二人に憧れた。
「珠代さまは幼い頃から他に決まったお相手がいてねぇ……」
本人同士の意思で、結婚が決まることはない。
家の都合が全てだ。
「晋太郎は姉のように慕っていました。一緒になることは難しいと、本人も分かっていたはずなのに……」
珠代さまは嫁がれてすぐに、子供を産んで亡くなられた。
「嫁ぎ先のお産が元で亡くなるなんて、ご本人はさぞ悔しい思いをしたことだろうと……」
義母はため息をつくと、私の手に草餅をぽんとのせた。
「だからようやく、志乃さんが決まったときには、本当にありがたくって。感謝したのですよ」
その草餅を一口かじる。
それは微かにほろ苦い味がした。
「やめろというのに聞きゃあしない。嫁入り前の珠代さん家に押しかけてあーだこーだと。珠代さんも晋太郎には甘くってねぇ。あの子も頑固なところがあんのよ。全てが自分の思うがままにならなきゃ気に入らないとか。もうねぇ! なんだってあの人の……」
私はそんな話しを聞きながら、苦い草餅をかじる。
義母はコホンと咳払いをした。
「あの子にはね、前を向いてほしいの。悲しい気持ちは十分に分かるけど、いつまでもああやって塞ぎ込んでいるべきじゃない。でしょ? 本人も分かってはいるのよ。ただ意地になっているだけでね。実際あの子も……」
お義母さまの勢いは止まらない。
山盛りのまんじゅうは、もう半分になっていた。
ここは義母の部屋だ。
私のより少し広いくらいのお部屋で、比較的様々な道具がごちゃごちゃと置かれている。
その畳の中央に、山と盛られたまんじゅうの大皿があった。
その一つを義母は手に取る。
「ほら、あんたも遠慮無く食べなさい」
白い薄皮のあんまんじゅう。
芋と南瓜と栗、柏餅と草餅まである。
どこでこんなにたくさん買い込んできたのだろう。
「本当に、いつまで引きずってんのかしらねぇ~。まぁそりゃ、気持ちは分かりますよ。だけどねぇ。甘ったれてるだけなのよ。ホントはね」
一口かじったつぶあんの皮が、いつまでも口の中に残る。
もごもごとしたそれをゆっくりと飲み込んだ。
義母は火鉢の上にかけてあったやかんから、急須に移すことなく直接湯飲みに茶を注ぐ。
少しお行儀の悪いその行為にも、お祖母さまは平気な顔だ。
「あの子は珠代さんのことが、好きだったからねぇ」
「ちょっとお義母さん、志乃さんの前でそんなこと言わないでよ」
「珠代さまは、どのようなお方だったのですか?」
義母は次のまんじゅうに手を伸ばした。
「えぇ? いいわよ、そんなこと知らなくったって」
二つに割ったその片方を口に放り込むと、義母はずずっと音を立てて茶をあおった。
「なにせ初恋の人だったからねぇ」
「お義母さん!」
近所でも名高い恋の噂だった。
年上の女性に恋をして、熱心に通う晋太郎さんの話は、その頃まだ幼かった私の耳にも入ってきた。
「晋太郎さんはどのようなお方なのかと、兄に聞いたのです。この家に嫁ぐことが決まってから。兄は笑って、とてもお優しい、よいお方だと申しておりました」
晋太郎さんは勤め先で、兄の上役だ。
何度か話をしたこともあると言っていた。
嫁入りの話しとはまだ無縁だった頃の私は、見たことも話したこともない、その熱烈な恋物語の二人に憧れた。
「珠代さまは幼い頃から他に決まったお相手がいてねぇ……」
本人同士の意思で、結婚が決まることはない。
家の都合が全てだ。
「晋太郎は姉のように慕っていました。一緒になることは難しいと、本人も分かっていたはずなのに……」
珠代さまは嫁がれてすぐに、子供を産んで亡くなられた。
「嫁ぎ先のお産が元で亡くなるなんて、ご本人はさぞ悔しい思いをしたことだろうと……」
義母はため息をつくと、私の手に草餅をぽんとのせた。
「だからようやく、志乃さんが決まったときには、本当にありがたくって。感謝したのですよ」
その草餅を一口かじる。
それは微かにほろ苦い味がした。
「やめろというのに聞きゃあしない。嫁入り前の珠代さん家に押しかけてあーだこーだと。珠代さんも晋太郎には甘くってねぇ。あの子も頑固なところがあんのよ。全てが自分の思うがままにならなきゃ気に入らないとか。もうねぇ! なんだってあの人の……」
私はそんな話しを聞きながら、苦い草餅をかじる。
義母はコホンと咳払いをした。
「あの子にはね、前を向いてほしいの。悲しい気持ちは十分に分かるけど、いつまでもああやって塞ぎ込んでいるべきじゃない。でしょ? 本人も分かってはいるのよ。ただ意地になっているだけでね。実際あの子も……」
お義母さまの勢いは止まらない。
山盛りのまんじゅうは、もう半分になっていた。