桔梗の花咲く庭
第4話
「あぁもう駄目、お腹いっぱい。今日のお夕飯は、お茶漬けだけにしときましょ」
「いいのですか?」
「お腹がすいたらお父さんも晋太郎も、残ってるまんじゅう食べるでしょ」
そう言って、さらにもう一つを手に取る。
「志乃さんも、しっかり食べておきなさいよ」
「はい」
お義母さまはにっこりと笑うと、またずずっとお茶をすすった。
夜になって、その人は久しぶりに部屋に入ってきた。
予期していなかったその物音に、驚いて飛び起きる。
目が合ったら、晋太郎さんは静かにうつむいた。
「……。あなたや母のことを、奉公人のように思っているわけではないのです。もう何度も申してはおりますが、そこはきちんと理解しておいていただきたい」
そう言うと、晋太郎さんは私の枕元に座った。
「あなたはうちの嫁です。ですから家のことはお任せします。私は、自分のことは自分でやります。こちらからお願いするまで、他のことは特に……、していただかなくても、かまいません」
「……。他のこと、とは?」
「いつもしていただいている、それ以上のことです」
沈黙が流れる。
私のしていることだなんて、お茶を運ぶのと、食事の知らせに行くことくらいだ。
「お庭のこと、まだ許してはいただけないのですか?」
その人は少し口ごもった。
「に、庭のことだけではありません。他にも色々と……ありはするのです。それを全て、いまここで説明するのは難しいということです。この先もきっと、そういうことは出てくるでしょう。そんなことをいちいち、ここで話すわけにもまいりません」
薄明かりの中で、晋太郎さんは腕を組み目を閉じる。
私はぎゅっと握りしめた自分の指先を、もごもごと見つめていた。
「それは……、お義母さまにそう言われたから、おっしゃっているのですか?」
即座にため息をつかれる。
「あなたはそれに、どう答えてほしいとお望みですか? 『そうです。母に言われて反省しました』? それとも、『いいえ私の本心からです』という嘘?」
私は晋太郎さんを見上げる。
「どちらにしても、あなたは気にくわないとおっしゃるのでしょう? それをどう受け止めるのかも、お好きにしてください。あなたにお任せすると言ったのは、私なのですから」
その人は立ち上がる。
部屋を出て行くのかと思ったら、布団に潜り込んだ。
今日はここで眠るつもりらしい。
私は衝立の位置をもう一度確認する。
うん。きっと、これさえあれば大丈夫。
「私がここに嫁いで来たのは、ちゃんと幸せになろうと思ったからです。その覚悟がなければ、ここにはいません」
返事はない。
行燈の灯りを消す。
「それだけは、晋太郎さんにも分かっていただきたいのです」
私だって、ちゃんとそれなりの覚悟はしてきたのだ。
布団を頭までかぶると、しっかりと目を閉じた。
「いいのですか?」
「お腹がすいたらお父さんも晋太郎も、残ってるまんじゅう食べるでしょ」
そう言って、さらにもう一つを手に取る。
「志乃さんも、しっかり食べておきなさいよ」
「はい」
お義母さまはにっこりと笑うと、またずずっとお茶をすすった。
夜になって、その人は久しぶりに部屋に入ってきた。
予期していなかったその物音に、驚いて飛び起きる。
目が合ったら、晋太郎さんは静かにうつむいた。
「……。あなたや母のことを、奉公人のように思っているわけではないのです。もう何度も申してはおりますが、そこはきちんと理解しておいていただきたい」
そう言うと、晋太郎さんは私の枕元に座った。
「あなたはうちの嫁です。ですから家のことはお任せします。私は、自分のことは自分でやります。こちらからお願いするまで、他のことは特に……、していただかなくても、かまいません」
「……。他のこと、とは?」
「いつもしていただいている、それ以上のことです」
沈黙が流れる。
私のしていることだなんて、お茶を運ぶのと、食事の知らせに行くことくらいだ。
「お庭のこと、まだ許してはいただけないのですか?」
その人は少し口ごもった。
「に、庭のことだけではありません。他にも色々と……ありはするのです。それを全て、いまここで説明するのは難しいということです。この先もきっと、そういうことは出てくるでしょう。そんなことをいちいち、ここで話すわけにもまいりません」
薄明かりの中で、晋太郎さんは腕を組み目を閉じる。
私はぎゅっと握りしめた自分の指先を、もごもごと見つめていた。
「それは……、お義母さまにそう言われたから、おっしゃっているのですか?」
即座にため息をつかれる。
「あなたはそれに、どう答えてほしいとお望みですか? 『そうです。母に言われて反省しました』? それとも、『いいえ私の本心からです』という嘘?」
私は晋太郎さんを見上げる。
「どちらにしても、あなたは気にくわないとおっしゃるのでしょう? それをどう受け止めるのかも、お好きにしてください。あなたにお任せすると言ったのは、私なのですから」
その人は立ち上がる。
部屋を出て行くのかと思ったら、布団に潜り込んだ。
今日はここで眠るつもりらしい。
私は衝立の位置をもう一度確認する。
うん。きっと、これさえあれば大丈夫。
「私がここに嫁いで来たのは、ちゃんと幸せになろうと思ったからです。その覚悟がなければ、ここにはいません」
返事はない。
行燈の灯りを消す。
「それだけは、晋太郎さんにも分かっていただきたいのです」
私だって、ちゃんとそれなりの覚悟はしてきたのだ。
布団を頭までかぶると、しっかりと目を閉じた。