桔梗の花咲く庭
第5話
「お待たせしました」
その人は出された緑のさやの一つを手に取った。
口元に運び、ちゅるっと豆を吸いだす。
私はそれを見ながら、満足して茶をすする。
「志乃さんは、毎日が楽しいですか?」
「えぇ、おかげさまで」
空になったさやを盆に戻す。
いつも静かなこの人の目が、じっと私を見つめた。
「義理はちゃんと果たします。もちろんそのつもりでいます。あなたもそういうおつもりなのでしょう? だから私のことで、無理をなさる必要は何もないのです」
「無理とは? 私は何もしていませんよ」
「……。ありがとう。それを聞いて安心しました。あなたはご自身で、ご自分を幸せにして下さい」
沈み込んだような、静かな横顔を向けた。
「はい。もちろんそうさせていただきます」
私はそれに、にっこりと微笑を返す。
晋太郎さんは小さくうなずいた。
「初物ですね」
「えぇ、私も大好きです」
つまんださやから、ぷちっと豆が飛び出した。
それを噛めば、青い豆のさっぱりとした塩気が口に広がる。
遠くで雷鳴が聞こえた。
一陣の風がざあっと吹きつけたかと思うと、あっという間に暗雲が立ちこめる。
「春の嵐ですね」
突然降り始めた大粒の雨が、庭の葉を打ち付ける。
「大変、雨戸をたてないと」
吹き込む大粒の雨が、肌を打ち伝い落ちる。
ガタガタと板戸を引き出そうとする私の手に、その人の手は重なった。
「私がやりましょう。あなたは中にいなさい」
大きな腕の中に、すっぽりと自分が包まれていることに驚く。
抜け出せずにいたら、腕はすぐに下がって通してくれた。
晋太郎さんは構わず立て付けの悪い板戸にかかる。
「ここの開け閉めには、コツがいるのです」
袖から伸びるその腕の中に、さっきまで自分のいたことが信じられない。
春の雨が打ち付ける。
「大丈夫ですか?」
「えぇ、ご心配なく」
この先どれくらい、私はこんな光景を見ることになるのだろう。
晋太郎さんの肌に降った雨が、汗のように光っている。
「あ、ありがとうございます」
「早く中にお入りなさい。風邪をひきます」
帯に挟んでいた手ぬぐいを取り出すと、その人に向かって背を伸ばす。
濡れた頬を拭こうとしただけなのに、晋太郎さんは背を傾けそれを取り上げた。
私の肩にポンとのせる。
「あなたが先でしょう」
自分の顔は着物の袖でぬぐっている。
雨戸を閉め終わった板間に腰を下ろすと、すぐお茶をあおった。
「何を見ているのです? 早くお拭きなさい」
急いで濡れた腕を拭くと、パッと隣に座った。
呆れた目が不思議そうに見下ろすのを、私は小さくなったまま見上げる。
その人は出された緑のさやの一つを手に取った。
口元に運び、ちゅるっと豆を吸いだす。
私はそれを見ながら、満足して茶をすする。
「志乃さんは、毎日が楽しいですか?」
「えぇ、おかげさまで」
空になったさやを盆に戻す。
いつも静かなこの人の目が、じっと私を見つめた。
「義理はちゃんと果たします。もちろんそのつもりでいます。あなたもそういうおつもりなのでしょう? だから私のことで、無理をなさる必要は何もないのです」
「無理とは? 私は何もしていませんよ」
「……。ありがとう。それを聞いて安心しました。あなたはご自身で、ご自分を幸せにして下さい」
沈み込んだような、静かな横顔を向けた。
「はい。もちろんそうさせていただきます」
私はそれに、にっこりと微笑を返す。
晋太郎さんは小さくうなずいた。
「初物ですね」
「えぇ、私も大好きです」
つまんださやから、ぷちっと豆が飛び出した。
それを噛めば、青い豆のさっぱりとした塩気が口に広がる。
遠くで雷鳴が聞こえた。
一陣の風がざあっと吹きつけたかと思うと、あっという間に暗雲が立ちこめる。
「春の嵐ですね」
突然降り始めた大粒の雨が、庭の葉を打ち付ける。
「大変、雨戸をたてないと」
吹き込む大粒の雨が、肌を打ち伝い落ちる。
ガタガタと板戸を引き出そうとする私の手に、その人の手は重なった。
「私がやりましょう。あなたは中にいなさい」
大きな腕の中に、すっぽりと自分が包まれていることに驚く。
抜け出せずにいたら、腕はすぐに下がって通してくれた。
晋太郎さんは構わず立て付けの悪い板戸にかかる。
「ここの開け閉めには、コツがいるのです」
袖から伸びるその腕の中に、さっきまで自分のいたことが信じられない。
春の雨が打ち付ける。
「大丈夫ですか?」
「えぇ、ご心配なく」
この先どれくらい、私はこんな光景を見ることになるのだろう。
晋太郎さんの肌に降った雨が、汗のように光っている。
「あ、ありがとうございます」
「早く中にお入りなさい。風邪をひきます」
帯に挟んでいた手ぬぐいを取り出すと、その人に向かって背を伸ばす。
濡れた頬を拭こうとしただけなのに、晋太郎さんは背を傾けそれを取り上げた。
私の肩にポンとのせる。
「あなたが先でしょう」
自分の顔は着物の袖でぬぐっている。
雨戸を閉め終わった板間に腰を下ろすと、すぐお茶をあおった。
「何を見ているのです? 早くお拭きなさい」
急いで濡れた腕を拭くと、パッと隣に座った。
呆れた目が不思議そうに見下ろすのを、私は小さくなったまま見上げる。