桔梗の花咲く庭
第3話
夕餉の支度に呼ばれて、土間へ出る。
イライラしているのを隠そうにも隠しきれなくて、つい動作が荒くなる。
一緒に支度をする奉公人たちがびくびくしているのを片方では申し訳なく思っているのに、お義母さまだけはなぜか上機嫌だった。
「まぁ喧嘩するほど仲がよいと申しますからね。夫婦喧嘩だなんて、犬も喰わぬと申しますから」
支度ができて、むっつりとしたままの晋太郎さんが隣に座る。
私だって負けてられない。
同じようにむっつりとして、いつもならすぐに晋太郎さんの茶碗にご飯をよそうのを、わざとしないでいる。
困ったその人が自分でご飯をよそおうとしたところで、それを取り上げた。
「ご飯くらい、おっしゃってくださればよそいます」
後から入ってきたお義父さまは、そんな雰囲気に一同を見渡してから腰を下ろした。
「喧嘩したんですって」
義母はそう言って、義父の腕をつつく。
「そうですか。それは結構」
盛大にニヤリとしたお義母さまと目が合った。
「まぁ、この家でこんな楽しいことが起こるなんて、本当に久しぶりよ」
うれしそうな義母に、私はうつむいたままご飯を口に放り込む。
にやにやしながらこっちを見てくるのは、本当にやめてほしい。
晋太郎さんと肘がぶつかった。
ギロリとにらみあげたら、ふっと視線をそらされる。
そうでなくてもイライラしているのに、その態度に再びカチンと来た。
「おかわりはいたしますか!」
「……。先ほどの枇杷がまだ腹に残っておりますので……」
「まぁ、私の分は、残しておいてくれなかったのですか?」
「そんなこと、一言もおっしゃらなかったじゃないですか」
「お土産だったのに?」
その人は横目でちらりとだけ視線を向けた。
「残して行かれたので……、もういらないものかと……」
「そんなこと、いつ私が言いました?」
別に、枇杷を食べられたことが問題ではないのだ。
その時にほんのわずかでも、この人の中に私がよぎったかどうかが問題なのだ。
「別にいいですけど」
「……また買ってきます」
ホントに分かってんのかな?
「ごちそうさまでした」
バシンと音を立てて箸を置き、立ち上がった。
膳を持ち上げ部屋を出る。
あの人の隣でご飯を食べるくらいなら、誰もいない土間で一人でかきこんだ方がまだましだ。
腹を立てた勢いで、残っていた鍋やらお椀を片付けていると、晋太郎さんが皆の分の膳を抱えて下げに来た。
ただ無言で突っ立っているだけだったから、こっちも見て見ぬ振りをしていたのを黙って受け取る。
何か言いたいことでもあったのかと思っていたのに、そのまま行ってしまった。
「変な人」
夜までの時間が、途方もなく長い。
部屋に戻って寝床を整える。
行燈のわずかな光の中で、鏡を取り出した。
自分の顔をじっくりと眺めるのは、久しぶりのような気がする。
そっとその鏡面に触れると、指の先に冷たく感じた。
嫁入り道具にと選んだこの鏡は、お気に入りだったはずなのに……。
イライラしているのを隠そうにも隠しきれなくて、つい動作が荒くなる。
一緒に支度をする奉公人たちがびくびくしているのを片方では申し訳なく思っているのに、お義母さまだけはなぜか上機嫌だった。
「まぁ喧嘩するほど仲がよいと申しますからね。夫婦喧嘩だなんて、犬も喰わぬと申しますから」
支度ができて、むっつりとしたままの晋太郎さんが隣に座る。
私だって負けてられない。
同じようにむっつりとして、いつもならすぐに晋太郎さんの茶碗にご飯をよそうのを、わざとしないでいる。
困ったその人が自分でご飯をよそおうとしたところで、それを取り上げた。
「ご飯くらい、おっしゃってくださればよそいます」
後から入ってきたお義父さまは、そんな雰囲気に一同を見渡してから腰を下ろした。
「喧嘩したんですって」
義母はそう言って、義父の腕をつつく。
「そうですか。それは結構」
盛大にニヤリとしたお義母さまと目が合った。
「まぁ、この家でこんな楽しいことが起こるなんて、本当に久しぶりよ」
うれしそうな義母に、私はうつむいたままご飯を口に放り込む。
にやにやしながらこっちを見てくるのは、本当にやめてほしい。
晋太郎さんと肘がぶつかった。
ギロリとにらみあげたら、ふっと視線をそらされる。
そうでなくてもイライラしているのに、その態度に再びカチンと来た。
「おかわりはいたしますか!」
「……。先ほどの枇杷がまだ腹に残っておりますので……」
「まぁ、私の分は、残しておいてくれなかったのですか?」
「そんなこと、一言もおっしゃらなかったじゃないですか」
「お土産だったのに?」
その人は横目でちらりとだけ視線を向けた。
「残して行かれたので……、もういらないものかと……」
「そんなこと、いつ私が言いました?」
別に、枇杷を食べられたことが問題ではないのだ。
その時にほんのわずかでも、この人の中に私がよぎったかどうかが問題なのだ。
「別にいいですけど」
「……また買ってきます」
ホントに分かってんのかな?
「ごちそうさまでした」
バシンと音を立てて箸を置き、立ち上がった。
膳を持ち上げ部屋を出る。
あの人の隣でご飯を食べるくらいなら、誰もいない土間で一人でかきこんだ方がまだましだ。
腹を立てた勢いで、残っていた鍋やらお椀を片付けていると、晋太郎さんが皆の分の膳を抱えて下げに来た。
ただ無言で突っ立っているだけだったから、こっちも見て見ぬ振りをしていたのを黙って受け取る。
何か言いたいことでもあったのかと思っていたのに、そのまま行ってしまった。
「変な人」
夜までの時間が、途方もなく長い。
部屋に戻って寝床を整える。
行燈のわずかな光の中で、鏡を取り出した。
自分の顔をじっくりと眺めるのは、久しぶりのような気がする。
そっとその鏡面に触れると、指の先に冷たく感じた。
嫁入り道具にと選んだこの鏡は、お気に入りだったはずなのに……。