桔梗の花咲く庭
第2話
長雨の季節になった。
暑くなる前に夏の着物を縫い直そうと、お祖母さまと三人で針を動かしている。
晋太郎さんの淡い裏柳の地に藍鼠の縞の着物からは、ほんのりともぐさの香りがした。
「珠代さまは、どのようなお方だったのですか」
「また……。そんなこと聞いて、どうするの?」
ピンと張った糸を、義母は握りはさみでチョンと切る。
「あなたはあなたなんだから、そんなこと気にしなくていいのよ」
外には降り止まない、やさしい雨が降っている。
庭の若葉はやわらかな光と水に、ぐんと背伸びをする。
「早く子供をつくりなさい」
「……そうすれば、何か変わるのでしょうか」
「努力はしているのでしょう?」
「ほしいとは……、思っています」
「なら大丈夫よ」
仕上がった着物を畳み終え、お義母さまはどこかへ行ってしまった。
ふさぐ私にお祖母さまが口を開く。
「珠代さんは、おっとりとした優しいお方でねぇ」
深いしわに刻まれた手はからくり仕掛けのように正確に、同じ動作を繰り返す。
「従順でおとなしやかなように見えて、しっかりとしたお考えをお持ちの、芯の強い方でしたよ。晋太郎はその強さに、引かれたのかもしれませんねぇ」
ふと手を止めて、自分の縫い目を見る。
縫った糸はちぐはぐに傾いていた。
遠目には分からなくても、近くで見ればその拙さは一目で分かる。
一息にそれを引き抜いた。
「晋太郎にとってはやり直しでも、あなたにとってはそうじゃないのだから、悔いのないようにおやりなさい」
やむ気配のない雨は、やっぱり降り止まないままで、私はもう一度針に糸を通す。
縫い始めた布越しにチクリと針が指に刺さった。
にじみ出た真っ赤な血の粒を吸う。
暑くなる前に夏の着物を縫い直そうと、お祖母さまと三人で針を動かしている。
晋太郎さんの淡い裏柳の地に藍鼠の縞の着物からは、ほんのりともぐさの香りがした。
「珠代さまは、どのようなお方だったのですか」
「また……。そんなこと聞いて、どうするの?」
ピンと張った糸を、義母は握りはさみでチョンと切る。
「あなたはあなたなんだから、そんなこと気にしなくていいのよ」
外には降り止まない、やさしい雨が降っている。
庭の若葉はやわらかな光と水に、ぐんと背伸びをする。
「早く子供をつくりなさい」
「……そうすれば、何か変わるのでしょうか」
「努力はしているのでしょう?」
「ほしいとは……、思っています」
「なら大丈夫よ」
仕上がった着物を畳み終え、お義母さまはどこかへ行ってしまった。
ふさぐ私にお祖母さまが口を開く。
「珠代さんは、おっとりとした優しいお方でねぇ」
深いしわに刻まれた手はからくり仕掛けのように正確に、同じ動作を繰り返す。
「従順でおとなしやかなように見えて、しっかりとしたお考えをお持ちの、芯の強い方でしたよ。晋太郎はその強さに、引かれたのかもしれませんねぇ」
ふと手を止めて、自分の縫い目を見る。
縫った糸はちぐはぐに傾いていた。
遠目には分からなくても、近くで見ればその拙さは一目で分かる。
一息にそれを引き抜いた。
「晋太郎にとってはやり直しでも、あなたにとってはそうじゃないのだから、悔いのないようにおやりなさい」
やむ気配のない雨は、やっぱり降り止まないままで、私はもう一度針に糸を通す。
縫い始めた布越しにチクリと針が指に刺さった。
にじみ出た真っ赤な血の粒を吸う。