桔梗の花咲く庭
第2話
「正直な、私の気持ちです。それでも、お盆に実家に帰りたいとおっしゃらなかったことには、少しうれしく思っているのですよ」
「……私自身の、勝手な都合だけです」
「どんな都合があるのです?」
衝立の向こうで晋太郎さんは振り返った。
暗い部屋で互いの顔は見えないが、向き合っていることは分かる。
今度は私が背を向けた。
「用事はないし、支度が面倒なだけです。帰っても……小言しか言われないような気がして……」
その人は笑った。
「あなたの気持ちが聞けてよかった」
その言葉に、私は衝立の下に腕を伸ばす。
「手を、つないでください」
手のひらを上に向け、差し出した。
じっと待っていると、そこに大きな手が重なる。
それは自分の触れた手の形を確かめるように甲に触れ、手の平をなぞる。
指先を絡めるとそっと握りしめた。
私は目を閉じる。
触れられる自分の手がとても小さく思えて、されるがままに任せている。
絡んだ指はもう一度私を握りしめた。
そっと握り返す。
「志乃さん」
「はい」
「お休みなさい」
その声に、同じ声で返した。
私は本当に、この人と同じ気持ちで同じように笑えているのかしら。
ふとそんなことが不安になって、手から伝わる熱に目を閉じる。
「ちょっと失礼するわよ」
襖が開いた。
突然現れた義母に、パッと手を離す。
部屋を見たお義母さまの表情は一変した。
「この衝立はなんですか! まさかずっと、こんな様子だったのではないでしょうね! 志乃さん、あなた……!」
「母上!」
晋太郎さんが飛び起きた。
「寝所に突然押しかけるとは、何事ですか。無粋にもほどがあります!」
「おかしいと思ったのです。志乃さんが懐妊したかもしれないというのに、晋太郎の落ち着き払っていたのが。もしや今までずっと……」
「夫婦には、夫婦の問題というのがあるのです」
「まぁ! あなたの口からそんな言葉を聞こうとは。どういうことなのか説明しなさい!」
「何をどう説明しろと言うのですか」
二人の間で私は震えていた。
晋太郎さんの手が肩に乗る。
それを見た義母の勢いは、少し落ち着いた。
「……。ちゃんと、してはいるんでしょうね」
「当たり前ではないですか」
義母はキッと私をにらむと、衝立に手をかける。
「志乃さん。この衝立はいつから置いてあるのですか」
「は、初めからです」
「初めから?」
「婚儀の日の翌日から、ずっと……」
「二人とも、そこに座りなさい」
義母はそう言い放つと、その場に座り込んだ。
「早くお座りなさい!」
「母上。いくら母上といえども、余計な口出しはしないでいただきたい」
「余計なことですって? あなたにとっては、これは余計なことなのですか?」
男児を産み、その家を継ぐことは大切な勤め。
晋太郎さんはぐっと言葉を飲み込む。
「……私自身の、勝手な都合だけです」
「どんな都合があるのです?」
衝立の向こうで晋太郎さんは振り返った。
暗い部屋で互いの顔は見えないが、向き合っていることは分かる。
今度は私が背を向けた。
「用事はないし、支度が面倒なだけです。帰っても……小言しか言われないような気がして……」
その人は笑った。
「あなたの気持ちが聞けてよかった」
その言葉に、私は衝立の下に腕を伸ばす。
「手を、つないでください」
手のひらを上に向け、差し出した。
じっと待っていると、そこに大きな手が重なる。
それは自分の触れた手の形を確かめるように甲に触れ、手の平をなぞる。
指先を絡めるとそっと握りしめた。
私は目を閉じる。
触れられる自分の手がとても小さく思えて、されるがままに任せている。
絡んだ指はもう一度私を握りしめた。
そっと握り返す。
「志乃さん」
「はい」
「お休みなさい」
その声に、同じ声で返した。
私は本当に、この人と同じ気持ちで同じように笑えているのかしら。
ふとそんなことが不安になって、手から伝わる熱に目を閉じる。
「ちょっと失礼するわよ」
襖が開いた。
突然現れた義母に、パッと手を離す。
部屋を見たお義母さまの表情は一変した。
「この衝立はなんですか! まさかずっと、こんな様子だったのではないでしょうね! 志乃さん、あなた……!」
「母上!」
晋太郎さんが飛び起きた。
「寝所に突然押しかけるとは、何事ですか。無粋にもほどがあります!」
「おかしいと思ったのです。志乃さんが懐妊したかもしれないというのに、晋太郎の落ち着き払っていたのが。もしや今までずっと……」
「夫婦には、夫婦の問題というのがあるのです」
「まぁ! あなたの口からそんな言葉を聞こうとは。どういうことなのか説明しなさい!」
「何をどう説明しろと言うのですか」
二人の間で私は震えていた。
晋太郎さんの手が肩に乗る。
それを見た義母の勢いは、少し落ち着いた。
「……。ちゃんと、してはいるんでしょうね」
「当たり前ではないですか」
義母はキッと私をにらむと、衝立に手をかける。
「志乃さん。この衝立はいつから置いてあるのですか」
「は、初めからです」
「初めから?」
「婚儀の日の翌日から、ずっと……」
「二人とも、そこに座りなさい」
義母はそう言い放つと、その場に座り込んだ。
「早くお座りなさい!」
「母上。いくら母上といえども、余計な口出しはしないでいただきたい」
「余計なことですって? あなたにとっては、これは余計なことなのですか?」
男児を産み、その家を継ぐことは大切な勤め。
晋太郎さんはぐっと言葉を飲み込む。