桔梗の花咲く庭
第6話
「今夜はあまり遅くなるようでしたら、お泊まり願おうかと思うていたのですが、あまり長くお引き留めしても申し訳なく……」
余りの長居に、ついに義母が動いた。
義父の部屋に押し入り、どうするつもりなのかと問いただす。
一悶着した後、結局客人たちは帰宅の途についた。
「また来ます」
最後にそう言って笑った鶴丸の顔を、きっと一生忘れない。
慌ただしい見送りを済ませて、片付けに戻ろうとした私の袖を晋太郎さんは引きとめた。
「なんですか?」
「いえ。とても可愛らしいお方でしたね」
「誰がです?」
その人は、明らかにムッとした表情でうつむいた。
「最後にあなたが、ご挨拶した人です」
「武市どのですか?」
「えぇ」
晋太郎さんからは、ほんのりと酒の匂いがする。
「まぁ、酔うておられるのですか?」
「少し」
片付けの続きをしようと歩き出す。
後ろから伸びてきた腕がぎゅっと肩に回った。
「武市どのとは楽しそうに話しておられたのに、どうして私には、そのようにしてくれないのです」
「は? 何をおっしゃっているんですか」
「志乃さんは……、子供が出来たら、男の子がよいですか、それとも女の子の方がよいですか?」
「えぇ? んー、どちらもほしいです」
「さようでございますか」
肩にのっているその人自身の、体が重い。
「あの、ちょっと晋太郎さん?」
「んー……」
「お、重たいので離れてください。これでは片付けが進みません」
かかる息が酒臭い。
廊下で義父の呼ぶ声が聞こえた。
「父上! 今日はもう、おしまいでよろしいでしょうが! そちらには散々付き合ったので、もう行きませんよ!」
突然、目の前の障子がバンと開いた。
お義父さまだ。
慌てて晋太郎さんの腕をほどこうとしても、それは背中からぎゅっと抱きしめたまま、振りほどけない。
「晋太郎、いいから来なさい」
「お断り申し上げます。今宵はもうすでに、志乃さんとお約束をしました」
いつもは穏やかなお義父さまの目が、ギロリと私をにらむ。
「志乃さんには申し訳ないが、そういうわけにはいかぬ。晋太郎。いいから来なさい」
珍しい。
お義父さまの気迫に追われ、この人は実に盛大なため息をついた。
いやいや腕をほどく。
「出来れば……待っていてください。いや、やっぱ寝ないで待ってて。絶対。早く戻れるようにします」
いつものように寝床を整え、その人の帰りを待った。
お酒が入っていたとはいえ、珍しいその人のあんな言葉に、少しドキドキしている。
秋の虫の音に合奏に紛れて、軌道を進む月の音まで聞こえてきそうな夜だ。
いつまでたっても、その人の戻ってくる様子はない。
ついつい布団に横になる。
余りの長居に、ついに義母が動いた。
義父の部屋に押し入り、どうするつもりなのかと問いただす。
一悶着した後、結局客人たちは帰宅の途についた。
「また来ます」
最後にそう言って笑った鶴丸の顔を、きっと一生忘れない。
慌ただしい見送りを済ませて、片付けに戻ろうとした私の袖を晋太郎さんは引きとめた。
「なんですか?」
「いえ。とても可愛らしいお方でしたね」
「誰がです?」
その人は、明らかにムッとした表情でうつむいた。
「最後にあなたが、ご挨拶した人です」
「武市どのですか?」
「えぇ」
晋太郎さんからは、ほんのりと酒の匂いがする。
「まぁ、酔うておられるのですか?」
「少し」
片付けの続きをしようと歩き出す。
後ろから伸びてきた腕がぎゅっと肩に回った。
「武市どのとは楽しそうに話しておられたのに、どうして私には、そのようにしてくれないのです」
「は? 何をおっしゃっているんですか」
「志乃さんは……、子供が出来たら、男の子がよいですか、それとも女の子の方がよいですか?」
「えぇ? んー、どちらもほしいです」
「さようでございますか」
肩にのっているその人自身の、体が重い。
「あの、ちょっと晋太郎さん?」
「んー……」
「お、重たいので離れてください。これでは片付けが進みません」
かかる息が酒臭い。
廊下で義父の呼ぶ声が聞こえた。
「父上! 今日はもう、おしまいでよろしいでしょうが! そちらには散々付き合ったので、もう行きませんよ!」
突然、目の前の障子がバンと開いた。
お義父さまだ。
慌てて晋太郎さんの腕をほどこうとしても、それは背中からぎゅっと抱きしめたまま、振りほどけない。
「晋太郎、いいから来なさい」
「お断り申し上げます。今宵はもうすでに、志乃さんとお約束をしました」
いつもは穏やかなお義父さまの目が、ギロリと私をにらむ。
「志乃さんには申し訳ないが、そういうわけにはいかぬ。晋太郎。いいから来なさい」
珍しい。
お義父さまの気迫に追われ、この人は実に盛大なため息をついた。
いやいや腕をほどく。
「出来れば……待っていてください。いや、やっぱ寝ないで待ってて。絶対。早く戻れるようにします」
いつものように寝床を整え、その人の帰りを待った。
お酒が入っていたとはいえ、珍しいその人のあんな言葉に、少しドキドキしている。
秋の虫の音に合奏に紛れて、軌道を進む月の音まで聞こえてきそうな夜だ。
いつまでたっても、その人の戻ってくる様子はない。
ついつい布団に横になる。