桔梗の花咲く庭
第3話
「こういうことは……、私でなくてもよいから、他の誰でもいいので早めに相談してください」
その人の声は、わずかな湿り気を帯びているようだった。
「それともこの家では、そんなことすら話せる相手もおりませんか?」
「泣いているのですか?」
晋太郎さんは鼻水をすすった。
「今はあなたのことを聞いているのです!」
「突然でしたので……相談もなにも……」
正直に言うのなら、熱にうなされる体で話なんかしたくない。
もっとちゃんとしっかりしている時に、きちんとこの人と話しがしたい。
謝りたいことも、言いたいことも、聞きたいことも山ほどある。
それなのに今は、息をするのも辛い。
荒い呼吸のせいにして、そのまま目を閉じる。
額にのった手ぬぐいが交換された。
「あなたもご存じでしょう。珠代さまが突然亡くなったということを……」
目を開ける。
その人はポツリポツリと話し始めた。
「珠代さまが亡くなられたと聞いた時は……本当に肝を潰しました。あの方も急に倒れたそうです。お産のあと、普通に過ごされていたのに……」
閉めきった部屋で、行燈の明かりだけがぼんやりと浮かぶ。
「あの方と出会ったのは……、まだ寺子屋通いを始める前のような年頃でした……」
珠代さまのことを、一人子の晋太郎さんは実の姉のように慕っていた。
お美しく、しっかりとした気性でありながら、優しさも兼ね備えた珠代さまに、晋太郎さんは心惹かれていくようになる。
「身分違いの恋でした。一緒になれるはずもない人でした。そしてその通り、他家へ嫁いだのです」
晋太郎さんはお相手の吉岡さまのこともご存じで、珠代さまの生家でお会いしたこともあったそう。
「吉岡さまは、それこそ文武両道の大変優秀な方で……、どうしたって敵わないことなど、とうに分かっていたのです。それでも……」
晋太郎さんは笑った。
「はは、馬鹿みたいなヤキモチの話しはやめましょう。妬み心なんて、聞いてもつまらないだけです」
晋太郎さんは、私を見下ろした。
「あなたが私のことを好いていないのは、百も承知です。それでも時が経てばと思うておりましたが、私からあなたにそれを求めること自体が、筋違いなのです」
大きな手が伸び、額の手ぬぐいを取った。
それをたらいの水に浸して絞る。
丁寧に広げると、また額にのせた。
その人の声は、わずかな湿り気を帯びているようだった。
「それともこの家では、そんなことすら話せる相手もおりませんか?」
「泣いているのですか?」
晋太郎さんは鼻水をすすった。
「今はあなたのことを聞いているのです!」
「突然でしたので……相談もなにも……」
正直に言うのなら、熱にうなされる体で話なんかしたくない。
もっとちゃんとしっかりしている時に、きちんとこの人と話しがしたい。
謝りたいことも、言いたいことも、聞きたいことも山ほどある。
それなのに今は、息をするのも辛い。
荒い呼吸のせいにして、そのまま目を閉じる。
額にのった手ぬぐいが交換された。
「あなたもご存じでしょう。珠代さまが突然亡くなったということを……」
目を開ける。
その人はポツリポツリと話し始めた。
「珠代さまが亡くなられたと聞いた時は……本当に肝を潰しました。あの方も急に倒れたそうです。お産のあと、普通に過ごされていたのに……」
閉めきった部屋で、行燈の明かりだけがぼんやりと浮かぶ。
「あの方と出会ったのは……、まだ寺子屋通いを始める前のような年頃でした……」
珠代さまのことを、一人子の晋太郎さんは実の姉のように慕っていた。
お美しく、しっかりとした気性でありながら、優しさも兼ね備えた珠代さまに、晋太郎さんは心惹かれていくようになる。
「身分違いの恋でした。一緒になれるはずもない人でした。そしてその通り、他家へ嫁いだのです」
晋太郎さんはお相手の吉岡さまのこともご存じで、珠代さまの生家でお会いしたこともあったそう。
「吉岡さまは、それこそ文武両道の大変優秀な方で……、どうしたって敵わないことなど、とうに分かっていたのです。それでも……」
晋太郎さんは笑った。
「はは、馬鹿みたいなヤキモチの話しはやめましょう。妬み心なんて、聞いてもつまらないだけです」
晋太郎さんは、私を見下ろした。
「あなたが私のことを好いていないのは、百も承知です。それでも時が経てばと思うておりましたが、私からあなたにそれを求めること自体が、筋違いなのです」
大きな手が伸び、額の手ぬぐいを取った。
それをたらいの水に浸して絞る。
丁寧に広げると、また額にのせた。