桔梗の花咲く庭
第8話
日はすぐに落ちた。
重く湿った空気が肌にまとわりつく。
急に下がった気温に体は震え、また飴湯を飲んだ。
生姜の香りがツンと体を温める。
すっかり遅くなってしまった。
参道は祭りの前から大変な賑わいだ。
屋台が立ち並び、ついつい目移りしてしまう。
華やかな熊手に混ざって、招き猫も売られていた。
『千万両』や『千客万来』に混じって、『来福招福』の文字も見える。
人の願いはいつだって変わらない。
そうだ。
買い物に出かけると言って出たのだから、なにかお土産を買って帰らないと……。
お義母さまとお祖母さま、お義父さまには何がいいかしら。
家の者にもなにかちょっとしたものを、それと、あの人にも……。
屋台の品々を見て回る。
あの人の好みそうなものはなにかしら。
最奥の部屋にあったものを思い浮かべた。
河原で拾った小石に小枝、すり切れたカルタや古い独楽……。
ふっと笑みがこぼれる。
やっぱりあの人に贈って喜ぶようなものなど、私には分からない。
あの人にとって、きっと私はつまらない人間だったのだろう。
見ず知らずの連れてこられた女より、自らが心から愛した人の方が、よいに決まっている。
自分でもはっきりと、そう言っていたではないか。
嫁をとるつもりはなかったと。
だとしたらやっぱり私はあの人の望む通り、あの人自身の思いを遂げさせてやることが、一番の幸せなのではないのか。
あの人のことを本当に思うのなら、あの人の本当の幸せを望むなら、あの人の本当の願いは、ただ静かに珠代さまを思って日々を過ごすことなのだから……。
霧なのか雨なのか分からないような天気になった。
家路を急ぐ人々も増え始める。
間もなく日も沈む。
私も帰らないと。
橋を渡ろうとしてつまずいた。
転びはしなかったが、その場に立ち止まる。
橋の上で子供が泣いていた。
三つか四つくらいの幼子だ。
通り過ぎる大人たちは誰も見向きもしない。
「どうしたの? 何を泣いてるの?」
声をかけたら、どうやら道に迷っているようだった。
「どちらから歩いて来たのですか? お名前は?」
涙と鼻水を拭いてやり、手を握る。
ぎゅっと握り返す小さな手の、その力強さに驚いた。
あぁ、この子はこんなにも心細かったのか。
握りしめるその強さは、あの人と少しも変わらない。
重く湿った空気が肌にまとわりつく。
急に下がった気温に体は震え、また飴湯を飲んだ。
生姜の香りがツンと体を温める。
すっかり遅くなってしまった。
参道は祭りの前から大変な賑わいだ。
屋台が立ち並び、ついつい目移りしてしまう。
華やかな熊手に混ざって、招き猫も売られていた。
『千万両』や『千客万来』に混じって、『来福招福』の文字も見える。
人の願いはいつだって変わらない。
そうだ。
買い物に出かけると言って出たのだから、なにかお土産を買って帰らないと……。
お義母さまとお祖母さま、お義父さまには何がいいかしら。
家の者にもなにかちょっとしたものを、それと、あの人にも……。
屋台の品々を見て回る。
あの人の好みそうなものはなにかしら。
最奥の部屋にあったものを思い浮かべた。
河原で拾った小石に小枝、すり切れたカルタや古い独楽……。
ふっと笑みがこぼれる。
やっぱりあの人に贈って喜ぶようなものなど、私には分からない。
あの人にとって、きっと私はつまらない人間だったのだろう。
見ず知らずの連れてこられた女より、自らが心から愛した人の方が、よいに決まっている。
自分でもはっきりと、そう言っていたではないか。
嫁をとるつもりはなかったと。
だとしたらやっぱり私はあの人の望む通り、あの人自身の思いを遂げさせてやることが、一番の幸せなのではないのか。
あの人のことを本当に思うのなら、あの人の本当の幸せを望むなら、あの人の本当の願いは、ただ静かに珠代さまを思って日々を過ごすことなのだから……。
霧なのか雨なのか分からないような天気になった。
家路を急ぐ人々も増え始める。
間もなく日も沈む。
私も帰らないと。
橋を渡ろうとしてつまずいた。
転びはしなかったが、その場に立ち止まる。
橋の上で子供が泣いていた。
三つか四つくらいの幼子だ。
通り過ぎる大人たちは誰も見向きもしない。
「どうしたの? 何を泣いてるの?」
声をかけたら、どうやら道に迷っているようだった。
「どちらから歩いて来たのですか? お名前は?」
涙と鼻水を拭いてやり、手を握る。
ぎゅっと握り返す小さな手の、その力強さに驚いた。
あぁ、この子はこんなにも心細かったのか。
握りしめるその強さは、あの人と少しも変わらない。