「好き」にも TPOが必要
 ガラガラと立て付けの悪い扉を開けた瞬間、白衣を着た見覚えのありすぎる姿。遅れて出た失礼します、の挨拶にパイプ椅子を引く先生。

無視して抱えたノートを置いていこうとすれば、腕の中の重みだけ持ち去られ半ば強制的に座らせられた。

 沈黙が気まずい。人のことをいえる身ではないものの、連休明けだというのに濃いクマができていて、生活習慣どうなってんだ、と現実逃避でしかない呟きを心の中で零した。せっかくゆとりのあるつくりになっている理科室なのに、なぜか授業時一番前の席よりもずっと近い距離で向かいあっていて、誰かに頼めばよかったと遅すぎる後悔。

 
「結局、俺のことはどういう〝好き〟なの?」唐突に、低い声が心臓を揺らす。
 強調された二文字に、今までとは比にならない速さでドクドクと鼓動が鳴った。利口じゃない頭は、すぐにでも恋やら愛に結びつく返答を、声にしてしまいそうで。

 本当にそれでいいのか、そもそも先生はなぜこんな質問をするのか。頬杖をつくその瞳を覗き込もうと、意図は読めそうにない。ふざけて聞かれたあの時から真剣になってはいけないと、必死に距離を置こうとした間の努力が私の返答によってすべて、無駄になる。

〝異性として〟強く揺れ動いた心が、返事をしてしまいそうになった。
 黒のカーテンが開いた窓の外、人影が映る。一文字目で止まって、視線が逸れたからか、先生も同じ生徒達を眺めている。

 騒いでいる彼らが通り過ぎたあと、冷たくなった空気の中ぽつりと零した。

「……ごめんなさい」
 ああ、そうだ。意思が変わろうと、世間の目は変わらない。
 
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