京都、嵐山旅館の若旦那は記憶喪失彼女を溺愛したい。
皐月の説明に黒田はどんどん身を縮めていく。


「なるほど。やっぱり、道の駅で会ったのも偶然じゃなかったんですね」


純一に言われて黒田は観念したように頷いた。


「カードの履歴を調べてみたら、春菜のアパートの最寄り駅から随分と離れてた。しかも何度も乗車と下車を繰り返していて気になって、最後の履歴になっていた嵐山まで行こうと思ったんだ。その途中、休憩しているときに偶然会ったんだ」


黒田の言葉に春菜は呆れてしまった。


好きな人ができたからを振られたのに、その子とうまく行かなかったときのことまで考えていたなんて、黒田の小ささを思い知らされた気分だ。


少し前までこんな黒田相手に自分がときめいていたなんて、今では信じられないことだった。


「なぁ、頼むよ春菜。もう1度俺とやり直してくれ」


そう言って土下座する黒田に春菜は呆れ返ってしまった。


「ごめんなさい。もう無理だよ」


今の自分にはこう答えるしかなかった。


だって、黒田に大して本当に少しも心を動かされないんだもの。


トキメキはもちろんのこと、同情心だってない。


好きの対義語は嫌いではなく、無関心だと言う人もいる。


「あんまりしつこい男は嫌われるよ? 失恋の傷を癒やすために吉田旅館へどうぞ」


皐月がここそとばかりに旅館の宣伝をしながら黒田を連れて部屋を出ていく。
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