京都、嵐山旅館の若旦那は記憶喪失彼女を溺愛したい。
☆☆☆

「今日からはこの部屋を使ってください」


案内されたのは従業員用の個室だった。


普段はここで私服から着物へ着替えているようだ。


「少し狭いですけれど、大丈夫そうですか?」


「そんな、十分です」


部屋は6条の和室で壁には大きな鏡が3つ置かれている。


襖を開けてみると従業員用の着物が沢山積まれていた。


「そうだ、布団を持ってきますので少し待っていてください」


「あ、それくらいは自分で」


「ダメです。CT検査で脳に異常がないことはわかっていますが、傷が治るまでは安静にしていてください」


純一はそう言い残すと春菜を残して部屋を出ていってしまった。


1人取り残された春菜は再び部屋の中を見回した。


壁にくっつけるように置かれている鏡には赤い布がかれられていて、それをめくってみると自分の姿が映し出された。


黒い長袖ワンピースを着ていて、黒髪は胸元まで伸びている。


その姿はまるで誰かの葬儀後のようで一瞬背筋がゾクリと寒くなった。


葬儀後……その可能性もあるんだ。


私は誰かの葬儀に出席していて、その後なにかが起きて怪我をして、記憶を失った。


それは一体誰の葬儀だったんだろう?


考えようとしたら頭が痛くなってうずくまった。


そのまましばらく待っていると徐々に痛みが引いてきて、そのタイミングで純一が布団一式を持ってきてくれた。
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