京都、嵐山旅館の若旦那は記憶喪失彼女を溺愛したい。
純一は息を殺してそろそろと黒い物体に近づいていく。


純一が近づくことでその物体も気配を感じて動き出すかもしれないと思ったが、黒い物体はうずくまって丸まったまま動く気配を見せない。


もしかして生き物ではないのか?


そう思って首をかしげる。


しかしこの狭い路地の中にはさっきから純一以外の息がたしかに聞こえてくるのだ。


そしてその呼吸に合わせて、黒い物体がかすかに動いているのもわかる。


やっぱりこれはなにかの動物だ。


こんな場所にぐっすりと眠っているようだから、きっと飼い犬や飼い猫が迷い込んできたんだろう。


野生ではなさそうだけれど、それにしては大きな体をしている。


大型犬か、それよりも少し大きいかもしれない。


頭の中で黒い物体がなんであるか思案しながらもじりじりと近づいていく。


なにか木の枝でも落ちていればそれを使ってつつくこともできるけれど、この周辺は観光地で実に綺麗に掃除されていて、落ち葉の1枚も純一がついさっき回収してしまったところだった。


黒い物体の手前まで来た時、太陽の向きが変わったようで路地にもその光が降り注いできた。


そして黒い物体を照らし出して瞬間純一は「あっ」と声を上げて持っていた金のちりとりを落とし、同時に黒い物体に駆け寄っていた。


「大丈夫ですか!?」
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