京都、嵐山旅館の若旦那は記憶喪失彼女を溺愛したい。
☆☆☆

帰宅後、まず純一から言われたのは従業員に挨拶をすることだった。


何度も旅館内ですれ違っていてお互いに名前と顔は知っているものの従業員として顔を合わせるのはこれが初だ。


緊張しながら事務所へ入るとそこには2人の女性従業員と50代くらいの板前さんがいた。


女性従業員の2人は部屋で見た着物を着ていて、板前さんは白い調理服姿で胸に松尾旅館と刺繍が入っている。


女性が着ているのは純一の着物の臙脂色バージョン。


2人ともまだ20代のようで長い髪をアップにまとめている。


「紹介するね。まずは板長の村田さん。みんなムラさんって呼んでる。うちで出す料理はもう何度も味わっているよね? あれを提案して作ってくれているんだよ」


純一の説明に春菜は頷く。


ここへ来てから出される料理はどれも絶品で、自分にはもったいないくらいだと感じていた。


料理のメインは季節の山菜と、川魚。


春菜に出されていたものはすべてお客様と同じだったようで、それでは申し訳ないと何度も純一に申し出ただけれど、純一はここで出されている料理を食べることも仕事の一貫だと言って引かなかった。
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