京都、嵐山旅館の若旦那は記憶喪失彼女を溺愛したい。
肩をゆすり、声をかける。


動物だと思っていたそれは人間だったのだ。


頭をこちらへ向けて、黒い服を来てうずくまっていたので動物だと勘違いしてしまったのだ。


太陽に照らし出された艷やかな黒髪を見た瞬間、純一はまだ息を飲む羽目になってしまった。


「もしもし、大丈夫ですか!?」


返事はなく、純一の表情がみるみる険しくなっていく。


さっき肩をゆさぶったときには随分と体が冷えていた。


3月も下旬にさしかかっていると言っても夜はまだまだ寒い。


それなのにこの人は一体いつからここにいたんだろう。


もはや考えている余裕はなく、純一は意識のないその人を両手で持ち上げて旅館へ連れて行くことにした。


体を持ち上げた瞬間、その軽さに驚いて目を見開く。


それと同時に強いアルコールの匂いを感じ取り表情を険しくする。


顔を確認してみると、まだ若い女性だった。


こんな女性が1人でどうしてこんなところに?


一瞬嫌な想像が胸をかすめたけれど、今はこの人をちゃんとした場所に寝かせることが優先だ。


純一は足早に松尾旅館へと戻ったのだった。
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