京都、嵐山旅館の若旦那は記憶喪失彼女を溺愛したい。
緊張して笑顔が引きつってしまうが、どうにか口角を上げて微笑む。


2人はまっすぐフロントの春菜の前へやってきた。


隣のヒロミがさすがに気にしていて、すぐにフォローに入れる体制になった。


「ご宿泊のお客様ですか?」


緊張して声が裏返ったけれど、どうにかマニュアルに書かれたセリフを言うことができた。


「はい。時枝です」


男性が答える。


春菜はパソコンを操作して宿泊名簿を開き、時枝という名前を探した。


確かに、今日の午後からチェックインになっている。


お客様から本人確認をして照合したあと、パソコンで予約してある部屋の名前を確認する、


1階の梅の間だ。


「こちらがカードキーになります」


春菜は落ち着いた声でそう言い、梅の間のカードキーを差し出した。


カードキーにはそれぞれの部屋の植物のイラストが印刷されている。


「お荷物お持ちいたします」


一連を見ていた男性従業員が横からお客様に声をかけ、荷物を手に部屋に案内する。


それを見届けた春菜は大きく息を吐き出した。


どうにかやり遂げることができて、全身の力が抜けていく。


隣に立つヒロミと視線がぶつかると、ヒロミは大きく目を見開いていた。


そして「あなた、旅館に努めていたの?」と、聞いてきたのだった。
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