京都、嵐山旅館の若旦那は記憶喪失彼女を溺愛したい。
「春菜、俺たちやっぱりやり直そう。俺、春菜じゃないとダメなんだ」


うずくまっている春菜の前に膝をつき、視線を合わせて言う男。


返事をしたくてもうめき声しか出てこない。


冷や汗が額に浮かんできて、手足の先端がしびれたような感覚になる。


強いストレスが春菜の体を襲っていた。


「春菜?」


春菜の顔色が悪いことに気がついた男が不安げな声色に変わる。


そのときだった。


「なにしてるんだ!!」


純一の声が聞こえてきて2人同時に振り向いた。


「なんだよあんんた。もしかして春菜の新しい男か?」


男が険しい顔つきになって純一を睨みつける。


純一と男が並んで立っていると、男の方が倍くらいの太さがあることがわかった。


こんな大きな人とやりあったらひとたまりもないかもしれない。


「こちらが質問したいですね。春菜さんはひどく怖がっているように見えますが、あなたは誰ですか?」


怒りながらも丁寧な口調の純一に男が鼻で笑う。


完全にバカにされているのが伝わってきて、春菜は更に気分が悪くなった。


せっかく純一が買ってくれたソフトクリームもすでにドロドロに溶けてしまっている。


「俺は黒田信吾っていうんだ。1年間春菜と付き合ってた」


「付き合っていた?」


純一は春菜へ視線を向ける。


春菜は青い顔をして左右に首を振った。


まだ、なにも思い出せない。


ただひどく気分が悪かった。
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