京都、嵐山旅館の若旦那は記憶喪失彼女を溺愛したい。
気がついたら繋がれていた手が離れて、幸福感で満ちていた心にはポッカリと穴が空いていた。


すーすーと風通しの良くなった胸には絶望感が広がっていく。


涙が一粒流れ落ちた時、目が冷めた。


部屋には朝日が差し込んでいて、実際の自分も泣いていたことがわかった。


上半身を布団の上に起こして手のひらで涙を拭う。


そうだ。


自分は昨日の黒田信吾という人を知っている。


確かに付き合っていた。


まさか夢という形で過去を思い出すとは思っていなくて、頭の中は少し混乱している。


「私はあの人にフラれた。それが辛くて記憶を失った?」


声に出してみても違和感だらけだ。


失恋はたしかに辛いことだけれど、それだけで記憶を失うとは思えない。


なにより自分は松尾に保護されたとき、後頭部をケガしていたのだ。


黒田に振られたことと記憶喪失は直結していなさそうだ。
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