京都、嵐山旅館の若旦那は記憶喪失彼女を溺愛したい。
石田さんに散々絞られてフロントに戻った春菜は気合を入れ直して頑張った。


おかげでその後ミスはなかったけれどこの日石田さんが春菜に笑顔を向けることはなかったのだった。


『高橋さん、ちょっといいかな？』


着替えて従業員の出入り口へ向かっていると、後ろから声をかけられた。


『田島さん……』


上司の田島は５０代前半で、中年とは思えないほど筋肉質でスタイルのいい人だった。


少し白くなり始めている髪の毛もキレイにセットされていて、カッコよくて仕事ができると定評のある上司だ。


『今日は調子が良くなかったのかな？』


『はい。あの、明日はこんなことがないようにしますので』


頭を下げて言うと、田島は微笑んだまま『もちろん、そうしてくれると嬉しいよ。でももしなにか悩みがるのなか、僕が聞くこともできる』と、言ってきた。


『いえ、そんな』


自分の失恋話なんかに田島さんを突き合わせるわけにはいかないと思った。


しかし田島は執拗に春菜を誘ったのだ。


『すべての従業員は自分の家族と同じようなもの。家族を助けたいと思うのは当たり前のことだろう？』


その言葉に心を許した春菜は田島についてバーへ向かった。


そこは証明を薄暗く落としていて、静かな曲が流れている大人な雰囲気のお店で、春菜は余計に緊張してしまった。
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