京都、嵐山旅館の若旦那は記憶喪失彼女を溺愛したい。
春菜だってもう26になるからバーに入ったことはあったけれど、ここほどオシャレな場所ではなかったし、飲みに行くと言えばもっぱら居酒屋ばかりだった。


慣れない雰囲気にとまどいながらも席につくと田島が甘いカクテルを注文してくれた。


『それで、悩みはなにかな?』


ナッツをつまみながら田島に聞かれて、春菜はおずおずと昨日の出来事を話し始めた。


こんな小娘の恋愛相談なんて聞いても困るだけだろうと思ったけれど、田島は横槍を入れることなく最後まで真剣に聞いてくれた。


その頃には春菜の前に置かれたカクテルも半分以上が減っていた。


『そうか。その彼氏はとんでもないヤツだね』


『いえ、きっと私も悪かったです。大して可愛くもないし、面白くなかったのかも』


『そんなことはないよ。もしそうだとすれば1年も付き合ったりはしていなかっただろうからね』


田島はそう言い、マスターに同じカクテルを注文してくれた。


春菜は少し良い始めていて体がフワリと宙へ浮いているような感覚を味わっていた。


カクテルのおかわりを口にしたとき、田島の手が春菜の太ももに触れた。


けれどそれはほんの一瞬ですぐに離れていく。


田島は相変わらず真剣な表情で春菜の相談に乗ってくれていて、きっと気のせいだったのだろうと考えた。
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