京都、嵐山旅館の若旦那は記憶喪失彼女を溺愛したい。
それから更に10分ほど飲んだ時、再び春菜の太ももに田島の手が触れた。


さっきは手の甲だったけれど、今度は手のひらが置かれている。


そしてそれはすぐにどかされることがなかった。


『あ、あの、田島さん?』


田島の顔はアルコールでほんのり赤くなっていて、春菜に呼ばれたことにも気が付かずに持論の展開を続けている。


そのほとんどが春菜を振った男は見る目がない、最低な人間だというものだった。


飲み始めた最初の時間なら田島のそんな言葉が嬉しかったかもしれないが、今は胸の中にわだかまりのようなものが生まれてきていた。


『僕なら君を泣かせるようなことはしない。絶対に大切にする』


妻子ある田島はそう言い、春菜の両手を握りしめた。


その時春菜は田島が結婚指輪を外していることに気がついた。


いつも左手薬指につけている、銀色のそれがないことの意味をしばらく考えている内に、田島の顔が近づいてきていた。


赤く染まった頬。


アルコール臭い息。


近づいてくる田島はニコリと微笑んでいつもどおり人の良さそうな顔をしている。


しかし反射的に春菜は立ち上がり、握られていたて手も振り払っていた。


さっきまでふわふわしていた頭が一気にクリアになり、酔が覚めていくのを感じる。
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