京都、嵐山旅館の若旦那は記憶喪失彼女を溺愛したい。
『僕なら君をフロアマネージャーに押し上げることができる』


田島はそう言って壁に春菜の体を押し付けた。


ヒヤリとしたコンクリート塀の冷たさを感じて身震いをする。


逃げようとしても田島に腕を掴まれたままで、動けない。


『なにを言っているんですか?』


『失恋の傷だって、僕なら癒やすことができる。正直、僕のことは嫌いじゃないだろう?』


その自信たっぷりなセリフに一瞬吐き気がこみ上げてきた。


たしかに田島のことは尊敬しているし、見た目もダンディーで男らしいと感じていた。


でもそれは上司として見ていたからだ。


こうして女として見られているとわかった今、田島のことを尊敬する気持ちはシュルシュルとしぼんで行ってしまった。


『私は田島さんのことは好きではありません』


まだ残っているアルコールの力もあって、春菜はハッキリとそう言い切った。


田島は一瞬目を丸くして春菜を見たが、引かなかった。


『それでも嫌いには思っていないはずだ』


掴まれていた腕が話されたが、間髪入れず両肩を後ろの塀に押し付けられた。


それは痛いほどの力で顔をしかめる。
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