きみの瞳に、
「あれ、仁科さん、帰らないの?」
俺はなるべく平静を装って、仁科さんに声を掛けた。
たっぷり5分は彼女のことを見ていた、なんて俺の気持ち悪い行動を決して悟られないように。
仁科さんはびっくりしたようにこちらに顔を向け、そして教室の時計を見上げる。その動きに彼女の長い髪がサラリと揺れた。
ただそれだけの動作なのに、俺の心臓はドキドキと煩くなる。
「あ、ごめん、教室の鍵、閉めるんだよね。いま出るね」
仁科さんはそう言って、慌てて帰り支度を始めた。
窓の外は少し前よりずっと雨が強くなっていて、思わず「うわ、雨、強くなってんじゃん」と言った俺の言葉に、帰り支度を終えた仁科さんは窓へと視線を移し、そして再び俺の方へと視線を戻す。
「……もしかして、傘、持ってないの?」
そう問われて、俺は思わずどう返すべきかと逡巡し、「……いや、持ってたんだけど、友達に貸した」と苦笑いで返した。
「俺んち、学校から近いから。走ったら余裕だと思ったんだけど、さすがにこれは濡れそう」
かなり本降りだし、傘ナシだとさすがに濡れるだろう。
「……良かったら、一緒にかえ、る?」
「……え?」
思ってもみない彼女の提案に、俺は間抜けな声で問い返した。だって本当に、そんな提案をされるなんて完全に想定外だったから。
傘を友達に貸したのは本当だ。だけど……。
「私、電車だし、駅方向だったら途中まで、一緒に」
「……いや、悪いし」
「でも、走っても、かなり濡れるよ?」
俺はさすがに少し申し訳なくなって断ろうかと思った。だけどこの魅力的な提案を蹴ってしまったら、もう二度とこんな幸運には恵まれないだろうと瞬時に考え直し、彼女の言葉に素直に甘えることにした。