きみの瞳に、
昇降口まで彼女の歩幅に合わせて歩きながら、時折彼女の表情を盗み見る。
話しながら時々ふわりと優しく頬を緩める様子を、こんなに近くで眺めることが出来る日が来るとは思ってもみなかった。俺はいま、みっともなくにやけたりしてしまっていないだろうか……。
昇降口を出ると、仁科さんが綺麗なピンク色の傘を開いた。
「俺がさすよ、俺の身長に合わせたら、きっと、手だるくなるから」
仁科さんの手から傘を受け取る瞬間に、ほんの一瞬、彼女の手に触れてしまった。わざとではない。これは本当に、たまたまだった。
偶然、一瞬触れただけだ。たったそれだけのことに、俺の心臓はドキリと大きく音をたてた。
「あ、りがとう」
仁科さんからほんの少し緊張した声色でお礼の声が返ってくる。
俺は思わず、今のことで俺のことを意識してくれたら良いのに、なんてことを考えていた。そんな都合の良いようにはいかないだろうと分かっているけれど。
「家が学校から近いの、良いね」
「あー、朝練無い日は、ギリギリまで寝てる」
「あはは、うらやましい」
「仁科さんちは? 遠いの?」
「えっと、電車で5駅。遠い方じゃないけど、近くもないよね」
「そうかもだけど、俺としては “電車通学”ってだけで、既に遠い」
「えー、贅沢ー」
「ありがとう、贅沢者です」
仁科さんとこんなにたくさん話をするのは、初めてだった。