10秒先の狂恋 ~堅物脳外科医と偽りの新婚生活~
プロローグ
「そんなところに突っ立ってないで、入りなさい」
「ふぁいっ!」
(緊張して変な声出た!)
入りなさい、と言われても、足の裏がそこに貼り付けられたように、まったくその一歩が進まない。
彼は玄関先で立ち止まって動けない私の手を優しくつかむと、室内に引き入れた。
泣きそうになって目の前の男の人を見上げると、仕事では絶対見ることのない甘い目で私を見ている。
その目で見られるたび、私は、恐怖と恥ずかしさと、そして、今すぐ土下座したくなる気持ちがごちゃ混ぜになって、さらに泣きそうになるのだ。
「果歩、緊張してる?」
「は、はいぃ」
(間違いなく、人生で一番の緊張感です……)
そう思ってフルリと勝手に足が震える。
「大丈夫、すぐにどうこうしたりなんてしないから」
「ど、どうこうってなんですか? なにするつもりですか……」
「それ聞いちゃうんだ?」
意地悪そうに目の前で笑っている大和先生の顔を見て、自分の発言をさらに深く反省した。そんな私に大和先生は加える。
「まぁ……『あの』程度の知識だもんな。俺のせいでもあるんだけど……。興味があるなら今すぐ詳しく教えてあげるけど、どうする?」
それを聞いて、慌ててブンブンと首を横に振った。
次の瞬間、大和先生の大きな手が、するりと私の頬を撫でる。その予想外の暖かさに、ピクリと身体が跳ねた。
ゆっくり見上げた先、大和先生は私を見て、愛おしそうに目を細めていた。
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