10秒先の狂恋 ~堅物脳外科医と偽りの新婚生活~
できるだけ仕事に集中しようと決めた次の日。仕事で総合受付の横を通った時に不穏な空気を感じた。
振り返ると、そこで男の人が受付の新人の子に詰め寄っている。
「薬一つに、どれだけ待たせるんだ!」
と声が聞こえて、私は息を吐いた。
成井総合病院では院内処方をしていることもあり、患者さんによっては次の患者さんよりお会計を待つことはよくある話ではあるのだ。
ただ、それを改善できるように、病院長が人員を増やしたり、患者さんの流れを変えようとしたりしていることも知っていた。
今は以前よりだいぶん早くなったのだけど……やっぱりまだあのクレームはあるよね……。
受付は他の対応で手を取られている人ばかりで、その女の子が泣きそうなのを見て、私の足は勝手にそちらに動いていた。
男の人の目の前まで行くと、男の人は思ったより顔が怖くて、身長も高く、ガタイもいい人で、一瞬怯みそうになる。
でも、私だって、顔が怖いのは病院長で経験済みだし、態度が怖いのは大和先生で経験済みだ。
そう思って、まっすぐ頭を下げる。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません。……今ご用意しておりますので、もう少しだけお待ちいただけませんでしょうか」
島原先生と大和先生以外にしたことなかったけど……。
私は唇を噛んで目の前の男の人の目を見た。
(1,2,3……7,8,9,10)
いつも以上にゆっくり10秒数えた。
次の瞬間、男の人は、突然怒ったように、
「待てるかよ! お前、なんだ。何のつもりだ!」
と声を上げた。
私はその様子に足を引く。
(……なんで?)