10秒先の狂恋 ~堅物脳外科医と偽りの新婚生活~
主のいない病院長室の掃除をしながらぼんやりしていると、病院長室の扉がガチャリと開いた。
「どうしたの果歩ちゃん、大丈夫?」
「病院長!」
扉を開けたのは成井病院長だったのだ。思わず病院長に走り寄る。
いつもの……白衣の病院長の姿に泣きそうになった。
「今日から慣らして復帰するからね。色々とありがとう」
「……元気になられて、本当によかったです」
お父さん、と直接言うには少し恥ずかしくて、その代わりに微笑む。
すると病院長は目を細めて、もう一度、「入院中、本当にありがとう。色々世話になったね」と言った。
もともと病院長秘書だったこともあり、病院長の身の周りのことなども含めて和世さんとしていた。仕事として必要でしていたことも多い。
「私は何も……。和世さんと、病院のスタッフの皆さんが全部気を使ってくださったんです」
私が言うと病院長は微笑む。本当に、私は何もできていない。
他の病院は知らないが……とにかく、この病院のスタッフの皆さんは、入院患者さんに寄り添って病気だけでなく人をよく見ているな、と入院患者の家族として実感したくらいだ。
それには、病院長の人柄も大きく作用していると思う。
病院長は笑うと口を開いた。
「入院しててさ、この病院のスタッフはみんないいなぁって思ったよ」
「病院長もですか。偶然ですね、私もそう思ってました」
「あはは」
私が言うと、病院長は楽しそうに笑う。