10秒先の狂恋 ~堅物脳外科医と偽りの新婚生活~

 その日はなんとか仕事を終わらせ、いつの間にか家に帰ってきていた。玄関ドアを開くと、先生の靴がある。
 驚いてリビングに行くと、先生はワイシャツのまま、ソファに座ってなにか難しそうな医学書を読んでいた。

 私に気づくと、先生はニコリと笑う。その笑顔に胸がギュッとなってから、なんだか恥ずかしくなって目線を外した。

「おかえり」
「た、ただいま。先生はやいんですね?」
「ずっと呼び出しが続いてたから、外来終わってすぐに帰ってきた。またオンコールある可能性も高いけど、少し休憩」

 先生は笑う。
 結婚前も、こうして勉強している姿を宿直室や休憩室や医局で何度か見ていた。
 だけど今はこうして、私といる場所に少しでもいたいと思って帰ってきてくれたんだ。その事実がやけに嬉しい。だけど……。

「大和先生……身体、大丈夫ですか? 休憩って、私には休憩しているように見えませんが」
「身体は大丈夫。それより、もっと経験も積みたいし、何より、みんなに信頼してもらえるようにならないと」

 もしかしたら副病院長の件かもしれない。そんなことを思った。
 私はそんな大和先生にしてあげられることが何かあるのだろうか。
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