10秒先の狂恋 ~堅物脳外科医と偽りの新婚生活~
2章:それに気づいた理由
―――『それ』に最初に気づいたのは、私ではなく、島原先生だった。
一か月ほど前、病院裏にゴミ出しをしに行ったとき、見慣れた背中が目に入った。人当りが良くて、病院長に言わせれば『人たらし』の島原先生だった。
「どうしたんですか?」
そう問うと、島原先生は、病棟の建物の隙間に目を向ける。そこには小さな痩せた猫がいた。
「あの子、誰にもなつかないんだよねぇ。でもこのままじゃ弱って死んじゃうしなぁ」
島原先生は、人だけでなく生き物全般好きみたいで、時々捨て猫を見つけては、欲しい人を見つけて渡している。ちなみに島原先生から猫をほしいという人は、下は幼稚園の子どもから、上はおばあちゃんに至るまでいるのだが……そこは人たらしの本領。さすがというべきか。
「私が呼んでみましょうか? 昔から野良ネコとか、すぐ懐きますよ」
「そうなの? でもあの子は難しいと思うけど……お願いしてみようかな」
そう言って、人懐こい笑みを島原先生は浮かべる。「でも、どうやってるの?」
「別に普通に呼ぶだけです」
私は言うと、猫の方を向く。
「おいでー」
怯えた目の猫と目が合った。確かに身体はやせ細っている。
私はすっと息を吸ってまっすぐ猫を見た。大丈夫。きっと来てくれる……。
「ごはん、たべよう?」
10秒後、ゆっくり猫の足が動き出す。そしてこちらに向かってきて、私の足元までくると、頭を私の腕に擦り付けた。
ゆっくりとその暖かな頭を撫でると、猫はにゃぁ、と甘えた声を出す。
「……本当に来た。果歩ちゃんの声のせいなのかな……」
島原先生は信じられないように目を見開いてつぶやいた。
私にもはっきりと理由は分からないけど、昔からこうなのだ。