10秒先の狂恋 ~堅物脳外科医と偽りの新婚生活~
「……?」
「だって、これ、外のセロファンの色だけだもん。中身はどれも同じ白でただのラムネの味」
「……イチゴですよ?」
私が言うと、病院長は、あぁ、と呟いた。
「人の味覚って、案外、思い込みや暗示でできてるからね」
「暗示?」
聞き慣れた単語に、私は眉を寄せて病院長を見る。
「赤いセロファンに包まれているから『イチゴ味だよ』って渡されれば、イチゴ味に感じる。お菓子のイチゴ味なんかも、色と香料つけただけのもので、実際にイチゴが入っていないものは少なくないからね。ほら、炭酸類もほとんどそう。果歩ちゃんが好きなメロンソーダとか、かき氷のシロップも原料は全部同じで色と香料だけ違うだけだよね」
「で、でも、ちゃんとその味がします……」
私が他の一つを食べてから言うと、病院長は目を細めた。
「果歩ちゃんは信じやすそうだから、誰よりもその味を感じとりそうだね」
私はそう言われたことがなんとなくずっと脳裏に残っていた。