10秒先の狂恋 ~堅物脳外科医と偽りの新婚生活~

 悲しすぎて、忘れようとした、いや、実際に忘れていたあの日の夢だ。
 私は一人、葬儀場を出て、空を見上げていた。

 東京の空はいつだって薄明るくて、星が見えない。
 亡くなった母は時々私を田舎の山奥に連れて行っては、空を見上げてよく言っていた。『お父さんはあそこにいるんだよ』って。

 子どもだましな話しかもしれないけど、私はそれをなんとなくずっと信じていたのだ。

 そして、それを教えてくれた母すらいなくなった。母は父と同じあの空の上に行ったのだ。


 葬儀の日、今まで会ったこともなかったのに急に現れた母方の親戚の家に行くかもしれない、と聞かされた。
 まだ自力で生活できない私に選択肢なんてないから、私はそれに頷いていた。
< 204 / 333 >

この作品をシェア

pagetop