10秒先の狂恋 ～堅物脳外科医と偽りの新婚生活～

25章：僕と彼女の物語（side 島原）

―――あの時、自分がもっと素直に行動できるような人間であれば、きっと今、彼女の隣にいたのは自分だっただろうと、何度後悔しただろう。


　自分はあまりこの仕事に向いていないと思っていた。
　人の気持ちの機微が分かりすぎる。なのに目の前で苦しむ人が多すぎて、自分はその半分もどうにかしてあげられない。

　大学病院では重篤な患者が多かった。手が尽くせない場合はベッドをあけてもらい、また新たに重篤な患者がやってくる。その繰り返しだ。
　その上に研究も続けなければならなくて、いつだって時間もなく、余裕も全然なくて笑顔も減っていった。

　それでも、運よく研究の一つがうまくいって、ある論文誌への掲載が決まった。もちろん嬉しかったけど、僕はそれ以上に、これからどれだけの時間こんなことを続けていくんだろうと不安にもなった。

　しかし、もうレールにしっかり乗っていて、周りの期待を無下にもできなくて、自分がその舞台からあっさり降りるなんて想像もできなかったのだ。