10秒先の狂恋 ~堅物脳外科医と偽りの新婚生活~

 病院長も、そして和世さんも……私にとって、ずっと大事な人だ。
 これまでずっと、いつも温かく見守ってくれた人たち。

 私は、きゅ、と唇をかむと、話し始めた。

「……大和さん、私ね。まだ病院長と和世さんの事『お父さん』『お母さん』って直接呼べたことないんです。いないときは呼べるんですけど……なんだか恥ずかしくて」
「もう俺と結婚したから、本当の『お父さん』『お母さん』だろ?」
「そうなんです。これで堂々と呼べる! って思ってたんですけど、なぜか呼べなくて。これまで呼んだことないから余計なんですけど……」

 私は直接、お父さんともお母さんとも呼んだことはない。それを二人からお願いされたことも強制されたこともないのだ。

 だから呼んでない、というわけじゃなくて、私はこれまで何度も呼ぼうとした。だけど、うまくいかなかった。
 たぶんだが、これまでずっと呼んできていなくて今さら恥ずかしいからだと思う。

「喜ぶと思うけど。特に父さんとか、泣いて喜んで大変そう……」
「……そうですかねぇ?」

 怖い顔面なのに心優しい病院長だが、泣いて喜ぶ、はイメージにない。もしほんとにそうなら、一度見てみたいものではある。

「でもさ、そこは無理するところじゃなくてさ。自然に呼べる時が来るよ」
「だといいんですけど」
「あぁ、きっと。それは俺が保証する」
「ふふ、ありがとうございます」

 私は思わず笑う。すると大和先生もそんな私を見て、また髪を撫でて微笑んだ。
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