10秒先の狂恋 ~堅物脳外科医と偽りの新婚生活~
32章:暗示と昔のこと
大和先生は昔を懐かしむように、ぽつりぽつりと話し出した。
私の本当の父は、大和さんの遠縁の親戚ということもあったけど、病院長の大学時代の後輩でもあったのだそうだ。病院長は病院を継ぐため、のちに専門を神経内科に移したものの、もとは精神科の専門医だった。
つまり、私の父は、精神科の医師だったというわけだ。
「……全然知りませんでした」
私は父の職業を『公務員』だと聞いていた。
それに、父が病院に出勤していたイメージはないのだ。父が白衣を着てる写真なんて一枚も残ってなかったし。
「うーん……歩さんの場合、確かに公務員だったんだよね。病院勤務は週一回だけで、あとは……福祉のような仕事が多かった」
「あまり父の仕事のこと知らなくて。私から聞くのも……したことなかった」
「当たり前だよ。果歩が小学校に入る前に亡くなったもんね。奥さんも……友果さんも、長い間、話す気にもなれなかったんじゃないかな。果歩は聞いちゃいけないっていうような空気は昔からよく読んでた気がするし……。うちの両親も俺もね、歩さんのことは直接聞かれるまで話さないでおこうって決めてたんだ」
私が大和先生を見ると、大和先生は私の髪を撫でて続ける。
「俺は、小さな頃からよく『歩さん』って言ってついて回ってた。ちょうど、果歩が小さい時みたいに」
「やっぱり私も、大和さんについて回ってましたよね」
「ははは、そうだよ。果歩も人見知りだったけど、あのラムネで懐いてくれたよね。……小さい頃はね、俺も人見知りでさ。同じように歩さんにラムネで手懐けられたってわけ」
そう言われて思わず目が合うと、どちらともなく笑いだす。似たもの夫婦とは、このことか……。
そして大和先生は続けた。