10秒先の狂恋 ~堅物脳外科医と偽りの新婚生活~

 久しぶりに会った果歩は、女の子から、少女に成長していた。
 ただ、表情はなく、あの時と違って涙を一滴も流さないままでそこにいた。

 弔問客に、頭を下げ、最低限の言葉を交わしている彼女がやけに大人びて見えた。

 俺も心配だったし、両親も心配して、果歩を成井家に引き取れないか、と話を出した。
 しかし、それにノーと言ったのは、本家の人間で……歩さんの祖父だった。

 ある県の医師会の副会長なんてしてる人間だから、医療関係者の多い本家も分家の人間も反論しにくかった。
 しかも現役時代は脳外科医であったようで、歩さんが精神科医になるのにも最後まで反対した人だと後で聞いた。

「勝手なことして勝手にいなくなって」

 葬儀の時、歩さんの遺影を睨むようにそう言ったその人を見て、一気に嫌悪感が増していた。


 そして、果歩を引き取りたいと手を挙げたのは、一人暮らしで、あまり『女性関係』でいい噂を聞かない早乙女翁介、という男だった。

「……あの子のいく先はこちらが決める。翁介は本家の筋だ。翁介のところの方がいくらかマシだろう。翁介、妊娠させるなんてヘマ、するなよ」

「……ふざけんなっ!」

 その言葉に、思わずカッとなって叫んで、拳を握りしめた。
 果歩がこの場にいなかったことだけがせめてもの救いだと思った。
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