10秒先の狂恋 ~堅物脳外科医と偽りの新婚生活~

 少しして、二人で病棟を歩きながら、大和さんはこちらを向いて口を開いた。

「果歩、大丈夫? もう……かなり心配。何で、勤務まだ続けるの」

 これは妊娠が発覚してから、何度も言われていることだ。

「できるうちはこの病院にいたいんです……」

 妊娠の経過も順調だし、私はここの空気を吸って、ここで働き続けたい。
 できればこの空気をこの子にも感じさせてあげたいのだ。

 大和先生は困ったように息を吐いて、お腹を撫でる。

「とにかく元気に生まれてきてよ」
「私は、生まれて『いい恋』してほしいなぁ」

「恋ってまだまだ早いよね」

 大和さんがむっとして言った。
 大和さんは子どもが生まれる前からすでに親バカになっていると思う。そう思って思わず笑ってしまった。

「そんなことないですよ。案外『初恋』って早いでしょう。私も早かったもん」

 私が意地悪するように言うと、大和さんは困ったように笑う。

ーーーその時、私がよく大和さんに遊んでもらった、休憩室が目の前に見えた。
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