10秒先の狂恋 ~堅物脳外科医と偽りの新婚生活~
*****

『大和くんはモテるからねぇ。あの甘いマスクで微笑まれたらどんな女の子もいちころだよ。果歩が大きくなるより先に結婚しちゃうんじゃない』

 父・歩の心無い言葉(というか歩は嫉妬心から果歩に大和を諦めさせるために言った側面も少なからずある……)にショックを受けた幼い日の果歩は、日々、悶々と過ごしていた。

 子ども心に、果歩自身も確かにそうだと思っていたからだ。


「果歩ちゃんどうしたの?」

 その日、やってきた大和を見て、果歩は手招きする。
 首を傾げながら微笑んだ大和を休憩室の椅子に座らせ、果歩は目線を合わせて大和を見た。

「……大和くん。こっち見て」

 大和をまっすぐ見つめる。

 果歩は知っていた。誰に教えられなくても父親を見ているうちに、それが『そういうこと』だということを……。


 そして、果歩は口を開いて、大和に『あるお願い』をした。


(1,2,3……)

 果歩は、心の中でカウントダウンを始める。
 目をそらさせないように、じっと見て……。

(7,8,9,10!)

 終わった時、大和は放心したような顔をしていた。


 そんな果歩たちを見て、

「わっ、か、果歩っ!」

と慌てた様子で歩がやってくる。

 歩は大和の前で手をパチンと叩いて、
「大和くんっ!」と呼んだ。

 その瞬間、大和が目をぱちくりとさせる。

「なんですか?」
「……さっき、果歩に何言われた?」
「いえ……なにも」
「ほんとに、覚えてないの?」
「えぇ……」

 見る限り、本当に覚えていないようだ。
 ということは、かかっていることには間違いない。

 歩は慌てて果歩を見た。

「何かけたかわかんないととけないよっ! 教えなさい、果歩っ!」
「やだっ! 教えないっ!」
「変なこと言ってないだろうね!」
「しーらない」

 それは果歩にとって変なことではなかった。

『私が大きくなって、大和くんに『結婚する』っていうまで、怖い顔してて。モテるから笑っちゃダメ』

 ただそれだけなのだ。


 そんなことは誰も覚えていない19年後……。


―――大和先生。女の人と真剣に付き合うこととか、『結婚する』こととか……ちゃんと考えてみてくれませんか……?


 あの時、その言葉でその昔にかけた暗示がとけて、自然と大和の笑顔が増えたことは誰も知らない事実。


―――これが幼い果歩の残した10秒先の恋だった。


〈END〉
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