10秒先の狂恋 ~堅物脳外科医と偽りの新婚生活~

 朝、目が覚めると、隣に大和先生はいなかった。
 ベッドサイドのテーブルに『オンコール、行ってくる』と書いてあるメモがある。

 私はそれを見て、少しほっとしていた。
 大和先生と一緒に住むなんてどう過ごしていいのかわからない。朝だって、どんな風に『おはよう』と声をかければいいのかわからなかったからだ。あんな夢を見たからか特にそう思った。



「どう? 同棲生活は」

 仕事に行って病院の廊下を歩いている時、そう声をかけられて、振り向いた先にいたのは島原先生だった。

「今のところ……大丈夫ですけど。こんなことになってるの、島原先生のせいですからね」
「あはは、ごめんごめん」
 島原先生はまったくそう思ってない口調で謝る。「暗示を解く方法、色々試してみてるって?」

「まぁ……でも、二人きりの時に解けたら怖いので、家ではできませんよ。もし素面に戻ってこんな事態になってたら、大和先生すんごい怒りそうじゃないですか」
「そうかなぁ」
 他人事のように楽しそうに島原先生は笑う。

 むっとしたけど、確かに、あのときの中学生の男の子が大和先生だったなら、そこまで怖がる必要もないのかな……とも思っていた。
 よく覚えていないけど、あれだけ人見知りだった私は、最終的にはその男の子には懐いて、ついて回っていた思い出が頭の片隅に蘇ってきていたのだ。


「でも……時々もう暗示は解けてて、そのうえで、意地悪してきてるのかなって思うときもあります」

 私が言うと、島原先生は苦笑する。

「もし本当にそうなら、相当悪い男だよねぇ」

 まぁそうは言っても、私をからかうためだけ、もしくは小さな復讐をするためだけに、そんな大それたことをする意味も大和先生にはないのだから、やっぱりそうではなさそうだけど。

 大和先生の真意はつかめないが、やはり今は暗示にかかっていて、生まれたてのひな鳥のように私と恋愛して結婚したいと思っているという線が濃厚だろう。
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