花嫁も大聖女も、謹んでお断り申し上げます!
一章
広大な領土を持つグラント王国の中央都市として栄えるモースリー。
この街を起点として街道が整備されているため、国内はもとより隣国との人の往来や交易も盛ん。エイヴァリー国王の住まいであるモースリー城もあることから政治の中心地ともなっている。
モースリー城から賑やかなマルシェを抜けて南下していくと、塀に囲まれた三階建ての大きな建物が現れる。
厳重な門扉に「エトリックスクール」と記されたここは、グラント国内で唯一の薬師と聖女を育てる三学年制の上級教育機関である。
今日は休日で学生の姿もあまりなく閑散としている中、教室や研究室が入っている三階建ての学舎から、ひとり女性が足をもたつかせつつ勢いよく飛び出してきた。
恨み混じりに学舎を振り返りつつ、並列して建てられている宿舎から漂ってきた美味しそうな匂いに気づき、わずかに顔を青ざめさせる。
「やばいやばい、これはもう完全に出遅れた」
薄紫色の髪は器用に結い上げられ、髪よりも少し濃い色をした瞳は涙ぐんでいる。
白い肌に華奢な体つき、簡素なドレスを身にまとった十六才の娘の名は、エミリー・メイルランド。薬師になるべく、エトリックスクールで学んでいる薬師クラスの一年生である。
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