午後の水平線

7、それぞれの人生

「 御崎町の交差点って、大きなスーパーのあるトコでしょう? さっき、曲がったわよ? 今… パチンコ店の前。 …え? 左じゃないの? 」
 くわえタバコに、携帯電話…… 危険極まりない運転をしつつ、小さな港町で、車を走らせている里美。
「 え~? ちょっと、待ってよぉ~ ナニそれ? 細い道なのぉ~? 淑恵、道はカンタンだって、言ったじゃなぁ~い? 」
 スマホをマイクモードに切り替えてコンソール脇に置き、バックミラーで後方を確認しながら、車をUターンさせる里美。
 道幅が狭く、一度では、Uターン出来ない。 対向車線を目視しつつ、少しバックし、ハンドルを切り返す。
 タバコの灰が、膝の上に落ちる。 灰を左手で払いのけ、スマホに向かって話す、里美。
「 運転中の携帯は、見つかったら罰金なんだからね? 請求書に、加算するわよ? …え? 逆だって、それ。 過疎地だから、お巡りさんだってヒマなのよ。 こう言うときに限って、見つかるんだから…! 」
 言っているそばから、前方にパトカーを発見。 慌てて、路肩に車を寄せる、里美。
 改めて、スマホを左手に持ち、短くなったくわえタバコを右手で取ると、車内灰皿で揉み消した。
 スマホのマイクに向かって、里美は言った。
「 右なのね? 分かった。 今から行くからね 」
 携帯を切る、里美。
 今日は、淑恵の勤務するスポーツジムが更新する、パンフレットデザインの打ち合わせだ。
 天気は、梅雨空が戻り、どんよりしている。 フロントガラスに、ポツリポツリと、雫が落ち始めた。
「 …降って来たわね。 本降りになる前に、行かなくっちゃ 」

 3階建ての、図書館と思われる建物の隣に、淑恵が勤務するスポーツジムはあった。
 白い壁は、幾分、ペンキが剥げ落ち、くたびれた感じがする。 港町でもある為、潮風による影響も、他の土地よりは、多分に大きいと思われるが、一度、改修工事をした方が良さそうである。

 玄関のガラス製自動扉を入る、里美。
 正面に受付があり、若い女性が、パソコンを操作していた。
「 こんにちは。 吉村と申しますが、高田さんを… 」
「 とにかく、帰ってよッ! 話す事なんか、無いわ! 」
 里美の声を遮るように、受付横にあった事務所らしきドアが開き、えらい剣幕で、淑恵が出て来た。 30代くらいの、男性の背を押し、受付の外へと押し出す。
「 だ、だから… アレは、お前のカン違いで…… 」
「 カン違いも、クソもあるか! アンタの顔なんか、見たくも無いっ! とっとと帰れ! 」
 立っている里美に気付いた、男性。 淑恵に、何か言いた気な表情だったが、バツ悪そうに、玄関を出て行った。

 …淑恵は、腰に両手を当て、仁王立ちだ。

「 どうしたの? 淑恵… あの人、誰……? 」
 恐る恐る聞く、里美。
 淑恵は、ふう~っとため息を尽くと、言った。
「 別れた、ダンナよ……! ヨリを、戻したいんだってさ。 …ったく、バカにしてんよ……! 」
「 …… 」

 受付の横にある、談話室。
 自販機に小銭を入れながら、淑恵は言った。
「 勝手に、オンナのトコへ行って、離婚。 その後、今度は、そのオンナに浮気されて別れたんだってさ…… 」
 備え付けられているイスに腰を下ろし、里美は言った。
「 …で、今度は、ヨリを戻したいって言うの? でも、それって… ちょっと、身勝手過ぎない? 」
 淑恵は、自販機から取り出した健康ドリンクのキャップを、プシッ、と開けながら答えた。
「 アホ過ぎんのよっ! …はいそうですか、んじゃ、これからまた宜しくぅ~♪ なんてコトに、なるとでも思ってんのかしら、あのバカ! 」
 グイグイと、ドリンクをイッキ飲みする、淑恵。

…強いヒトだ……

 ゲップをし、空になったビンを回収箱に入れながら、淑恵は言った。
「 ふう~… 里美も、そろそろ、イイ歳だけどさ… 結婚は、憧れだけでしちゃダメだよ? 本気でさ… このヒトの、お世話をしたい… このヒトと、いつも一緒にいたい、って思わなきゃ 」
「 じゃあ、淑恵は、なんで結婚したの? スキじゃなかったの? カレの事…… 」
「 デキちゃった結婚だよ。 はっはっは! 」
 豪快に笑い飛ばす、淑恵。
 もう一度、ゲップをし、淑恵は言った。
「 淑女になりますように、って、母親は、あたしの名前を付けたらしいケド… 『 親の思い、子、知らず 』よね。 随分、親不孝な娘だわ、あたし 」
「 …… 」

 人それぞれ、色んな人生があるものである。
 とりあえず、苦い経験を味わった淑恵ではあるが、生来の明るい性格が、それを支えているようだ。 おそらく、これからも、その明るい性格で人生を渡って行く事であろう。

( あたしは、どんな人と結婚するのかしら・・・ )
 里美は、ふと思った。
 もしかしたら、このまま、キャリアウーマンで過ごして行くのかもしれない。
 また、それも面白そうではあるが、やはり里美は、結婚には、憧れを持っていた。 それが、どんなものであるのかは、今の所、想像でしか認識出来ない。
 …目の前で繰り広げられた、痴話話しの一部……
 里美は、人生の長い道のりを、垣間見た気分になるのだった。

 新パンフレットのデザイン打ち合わせは、2階にある所長の部屋で行われた。
 最初は、淑恵も同席していたが、担当会員のトレーニング時間となり、1階のジムへと降りて行った。
「 ふぅ~む…… 」
 所長は、里美が持って来たデザインラフ案に目を通し、しばらくして唸ってから、言った。
「 確かに、今使っているものとは、比べものにならないほど、カッコいいな……!」
 40代後半… いや、前半だろうか? 白髪が目立つ髪にしては、フサフサしており、脱毛の兆候が、全く見受けられない。 やや伸びた髪を、真ん中から分けている。 浅黒く日焼けした顔に、筋肉質な体付き。 スポーツメーカーのロゴが入った、黒いTシャツに、ジーンズ姿だ。
 所長という肩書きは、経営上のものなのだろう。 淑恵と同じように、担当会員を持ち、時間が来れば、ジムでインストラクターをしていそうな雰囲気だ。
 里美は、テーブルの端に置いてある、先ほど所長から渡された名刺を、チラッと見直した。
 『 渡瀬 巌 』
( 強そうな名前のヒトね…… )
 里美は言った。
「 詳しい内容をうかがっておりませんでしたので、ビジュアル的に創ったラフ案です。 イメージに近いものですが… 会員の方に、アピールしたい事項がありましたら、今度は、それらをメインに、デザインを起こします 」
 渡瀬は、ラフデザインが張られたイメージボードを両手に持ち、ソファーに、ゆっくりともたれ掛かりながら言った。
「 私は、デザインに関しては、全くの無知です。 現在のパンフレットについても、別段、気にも止めてなかったのですが… こうして、見させて頂くと… イイですね 」
 ニッコリ笑って見せる、渡瀬。
 白い歯が、印象的だ。
 里美は言った。
「 次のプレゼンで、もう少し煮詰めた内容のデザインを、お見せ致します。 それを見て頂いて、ご決断頂けないでしょうか? もちろん、次回のプレゼンまで、代金は頂きません 」
「 もう一度、作ってもらうまでは、タダって事ですか? 」
「 はい 」
「 それでは… あまりに、申し訳無い。 お宅で作って頂く事は、決定に致しますので、存分に、イイものを作って頂きたいですね 」
「 え? ホントですか? 有難うございます! 」
「 このラフ案を見て、決心しました。 期待してますよ? 」
 再び、白い歯を見せて、里美に微笑む、渡瀬。
( やった…! )
 ここの所、営業は快調だ。 また1つ、仕事が、受注出来た…!
 テーブルの上にあった、インターホンのボタンを押し、渡瀬は言った。
「 三田さん、申し訳ないが、お茶を2つ持って来てくれないか? それと… 最近、改定した料金表もだ 」
『 分かりました 』
 若い女性の声で、インターホンからは返事があった。
 再び、ソファーに、もたれ掛かり、ラフ案に見入る渡瀬。
 里美は尋ねた。
「 あのぅ~… 以前のパンフには、松浜町の名産が載っていたのですが… 今回も、要りますでしょうか……? 」
 渡瀬は、笑いながら答えた。
「 ああ、あれね… 叔母の工場で作ってるんですよ。 亡くなった先代の所長… 私のオヤジですが… 親類の好で、載せましてね。 アレは、私も場違いだとは思ってましたから、カットして頂いても良いですよ? 」
 里美が提案する。
「 いえ、載せても構わないんです。 ただし、補足的なコーナーとして、裏表紙辺りに… その、ブルーで囲ってあるスペースです 」
 渡瀬が見ている、ボードの一部を指差す。
「 …あ、これですか? へえ~、そうなんだ… なるほど、こうすれば、違和感無いですね。 叔母も喜ぶでしょう。 いや、あり難いですね 」
 たとえ、デザイン的に排除したいコーナーやコンセプトでも、とりあえず考え、デザインに取り込む……
 これは、クライアントが素人の場合、特に必須な事項でもある。 デザイン的には、『 似合わない 』と、相手に認識させるのである。
 今回のように、うまくレイアウト出来れば、クライアントは喜び、一石二鳥だ。 自分の、クリエイターとしての腕前を、相手に認知させる事にもなる。
 既に、渡瀬は、デザインコンセプトを気に入り、契約まで約束してくれた。 更に、里美の手腕を認め、デザインに関する信頼までも得ている。 …まさに、順調そのものだ。

 やがて、三田と呼ばれた女性が、お盆に乗せたお茶と、料金表を持ってやって来た。 先ほど、入り口の受付でパソコンを操作していた女性だ。
「 有難う。 …あ、三田さん、どうかな? これ。 新しいパンフレットの、ラフ案なんだ 」
 ボードを見せる、渡瀬。
 三田は、お茶をテーブルに乗せながら、ボードを見て言った。
「 へええ~…! どっかの、シティホテルのパンフみたいですね~! オシャレな感じで、いいじゃないですか 」
「 気に入った? とりあえず、こんな感じで行こうと思うんだ 」
 自慢気に言う、渡瀬。
 三田が言った。
「 でも、所長…… 娘さんの写真… いいんですか? 」
( …娘さんの写真? )
 里美には、何の事か分からない。
 渡瀬はボードを見ながら、独り言のように答えた。
「 いいんだ。 …2年近くも音沙汰なしで、全く… アッチで、何してるんだか…… 」
 渡瀬の視線は、ボードを見つつも、どこか違う境地を彷徨っているようである。
( …そうか…! 今までの、パンフの表紙に載っていた若い女性… 渡瀬さんの娘さんなんだ…! )
 里美は、何となく気付いた。

 …どうやら、ワケありの様子だ。

 渡瀬は、苦笑いしながら、里美に説明した。
「 パンフレットの表紙に載っていたのは、実は、私の娘でしてね。 関西の大学へ進学していたんですが… イリノイ州から来ていた留学生と、駆け落ちしまして…… 今は、アメリカに住んでいます 」
「 …… 」
 言葉が見当たらない、里美。
 だが、生き別れた訳ではなさそうだ。 音信が、しばらく無いだけのようである。 それにしても、いくら好きになったとは言え、国外とは… まさに、『 恋は盲目 』を、地で行っているような行動だ。

 …しばらくの、沈黙…

 三田は、話しを戻した方が良いと判断したのだろうか。 里美に尋ねた。
「 そう言えば、淑恵さんから聞きましたたけど…… カティ・サークのロゴをデザインしたんですって? 」
 渡瀬も尋ねる。
「 カティ・サークって… 保科さんのトコ? 」
 答える里美。
「 はい。 今日、これから寄るんです。 看板が出来たって、保科さんからお電話を頂いてまして 」
 渡瀬が言った。
「 私も、たまに行きますが、良い店ですよね。 コーヒーにはこだわっていて、実に旨い。看板は、去年の台風で飛んでしまって、そのままだったな。 新調したのか… 一度、見に行かにゃならんな 」
 保科の話が出て、気分が良くなった里美。
 場の雰囲気を変える為にも、力を込めて宣伝した。
「 ブルーマウンテンが、最高ですよ。 あたし、ファンになっちゃいました! 」

 …店のファンでは無く、保科のファンであるのだが……
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