臆病者の僕は、別れの時に君にバカと言った
 誰もが心に秘密を抱えている。
 そんなことは誰でも知っているはずなのに、誰もが知らないフリをしている。
 人間はそんな生き物だ。
 勿論、僕にも他人には言えない秘密があった。
 そのほとんどが取るに足らないもので、他人に話しても何の面白みもないものばかりだ。けれど、たった一つだけ、他人には話せない秘密がある。
 その秘密ができたのは、小学四年生の頃だ。
 初めは僕一人だけの秘密だった。それも、取るに足らない類のモノでしかなかった。けれど、彼女が僕の秘密を知り、共有してからは、それは特別なものとなった。


 その場所を見つけたのは、ただの偶然だった。


 飼っている『ビス』という名前の雑種の犬と散歩に行った時に、うっかりとリードを離してしまい、ビスがこちらを無視して走り出した。
 ネコと同じぐらいの大きさのビスは、スピードを落とすこともなく、走っていく。それを全速力で追いかけたのがまずかったのか、ビスは遊んでもらっていると思って、スピードを上げていく。このまままっすぐ行くと車通りの多い道に出てしまい、車に轢かれるのが目に見えていた。全速力で追いかけたが、結局離されていき、どうにかして止めようと大きな声で名前を呼んだ。自分の名前を呼ばれてビックリしたのか、ビスはその場で止まり、こちらを見た。
 そこで止まってろ、と言って近づき、リードを取ろうとしたその瞬間に、ビスはまた駆け出した。
 しかし、今度はなぜかまっすぐにではなく、脇にある坂道を上っていく。
 そこは、近所の人間から正式名称の『初音寺(はつねてら)』ではなく、その外観から『お化け寺』と呼ばれている寺へ続く道のりだった。どういった事情かは知らないが、そこで住職を見ることはなく、また、建物も何年も放置されたせいで、ボロボロだった。
 肩で息をして、口の中にあるつばを飲み込んでから、名前をもう一度叫んだ。
 ビスは坂を上りきったことを自慢するかのように、こちらを見下ろしながら吠えた。
 お化け寺の敷地に入りたくなかった僕は、何度も降りて来い、と叫んだが、その言葉に従わず、ビスはこちらからは見えない寺の方に向かって駆け出した。
 誰かを呼ぶわけにも行かず、何度も名前を呼んだが、返事すらしない。『まさか……お化け……に食べられたとか』なんて、小学生らしい想像をして嫌な汗をかいたが、微かに足で地面を蹴る音が聞こえてきたので、一安心した。
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